2つ以上の会社で働いていると、勤務時間もそれぞれで分散するのですが、残業代の計算などでは、これらを合算して把握するのか、それとも別々にして把握するのか。ここが疑問になります。
例えば、会社Aと会社B,この2つの会社で働いている水戸さん(架空の人物です)という方がいるとしましょう。
水戸さんの1週間あたりの勤務時間は以下の通りです。
会社A:週38時間。
会社B:週17時間。
合計すると、週55時間です。
また、とある日に、朝から朝から夕方まで会社Aで勤務し、その後に会社Bに行って勤務したとします。
会社Aでは、9時から16時まで。休憩が1時間あったとして、6時間勤務。
会社Bでは、18時から22時まで。休憩は無しで、4時間勤務。
この日の勤務時間は合計で10時間です。
1週間あたりで55時間働き、1日あたりだと10時間働く日がある。これが水戸さんの勤務実態です。
では、この水戸さんに残業代は発生するのかどうか。ここでの残業代とは、法定労働時間を超えて働いた場合に出る割増賃金のことです。
まず、1週間あたりだと、週40時間を超えると残業代が出ますが、水戸さんの場合、2つの会社での労働時間を合算すると55時間ですから、15時間分の残業代が出そうに思えます。
しかし、会社別に把握すると、会社Aでは38時間ですので40時間を超えていません。また、会社Bでは17時間ですので、こちらも40時間を超えていません。となると、水戸さんへの残業代は無しと判断できます。
労働時間を合算して残業代を計算するのか。それとも、労働時間は会社別に把握し、残業代を計算するのか。この2つに判断が分かれるところです。
労働時間の計算に関するルールとして、労働基準法38条1項(以下、38条1項)に記載があります。
第38条
労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する。
素直に読むと、「働く場所が違っていても、労働時間は通算する」と解釈できます。となると、上記の例では、水戸さんの労働時間を週55時間として把握しないといけないのでしょうか。
もし、労働時間を週55時間とした場合、40時間を超えた15時間分を残業であると扱い、割増賃金を支払うことになりますが、どこの会社が支払うのでしょう。会社Aでしょうか。それとも、会社Bでしょうか。
会社別に勤務時間を把握すると、会社Aでは38時間、会社Bでは17時間ですので、どちらの会社も割増賃金を支払うことはありません。もしどちらかの会社に対して、「15時間分の割増賃金を支払え」と言えば、「何を言っているんだ? キミは」と一蹴されるでしょう。
38条1項の「事業場を異にする場合」という部分の意味は2通りあります。
- 解釈1:事業場を異にするというのは、同一の使用者が運営する事業場だけでなく、使用者が異なる別会社も含む。
- 解釈2:事業場を異にするというのは、同一の使用者が運営する事業場だけであって、使用者が異なる別会社は含まない。
先ほどのように、会社AとBで労働時間を通算するとなると、解釈としては1を選択することになります。AとBでは、お互いに全く別の会社で、使用者も違うわけです。
しかし、お互いに何の関連もない会社同士で、どうやって勤務データを集めるのでしょうか。会社Aの勤務データは会社Aが持っている水戸さんの個人情報ですし、会社Bでも同様です。
お互いに勤務データを渡すこともなく、どうやって水戸さんの労働時間を通算できるのか。会社AからBに対して「水戸さんの勤怠データをください」などと言っても、会社Bは教えません。
となると、38条1項の「事業場を異にする場合」という部分は、解釈2を選択しないといけないわけです。
2つの会社が全くの別会社である場合は、38条1項を適用せず、それぞれの労働時間を通算しません。しかし、同じ会社内で、事業場が異なる場合には通算できます。
例えば、とある飲食チェーン店で、都内に6店舗を構える会社があったとして、その中に新宿店、六本木店、日本橋店があるとしましょう。
各店舗はそれぞれ違う場所で営業しており、異なる事業場ですが、使用者(元となる会社)は同じです。つまり、使用者が同一で、事業場が複数ある企業です。
この飲食チェーン店で、木村さん(これまた架空の人物です)という方が働いているとして、午前中に新宿店で働き、午後から夜にかけて六本木店で勤務したとします。
新宿店:朝の9時から13時まで。
六本木店:16時から21時まで。
休憩時間は省略して、新宿店では4時間、六本木店では5時間勤務しています。この場合、合計で9時間になります。
このケースこそ、まさに38条1項が想定する場面です。事業場を異にしている場合なので、労働時間を通算し、9時間労働で、残業が1時間とするわけです。
新宿店と六本木店は、事業場は違いますが、同一の企業が運営するお店なので、木村さんの勤務データは全て集められます。
38条1項の「事業場を異にする場合」という部分の意味は、先ほどの解釈2である「同一の使用者が運営する事業場だけであって、使用者が異なる別会社は含まない」と考えるのが妥当ということになります。
副業している会社の勤務時間は通算されるかどうかの疑問に対しては、「通算されない」と答えることになります。
この労働時間の通算については、社会保険でも似たような問題があります。他の会社での勤務時間や収入を合算して社会保険に加入したり社会保険料が決まったりするのかどうか。これも問題になりますが、38条1項の解釈を踏まえると、使用者が異なり、お互いに全く関連しない別会社の場合は、労働時間も収入も通算しないのが実務的に正しいと言えます。
ちなみに、日本年金機構のウェブサイトを見ると、厚生年金に関連する記述で参考になる部分があります。
厚生年金保険への加入は会社単位ではなく、事業所単位(本社、支社、支店又は工場など)で行い、被保険者となるための手続きは事業主が行います。
http://www.nenkin.go.jp/faq/kounen/kounenseido/hihokensha/20120830.html
Q. 会社に勤めたときは、必ず厚生年金保険に加入するのですか。
引用した文章を読むと、「会社単位」と「事業所単位」で区別しているのが分かります。つまり、事業所という言葉には、会社は含まれていないと解釈できます。ということは、「事業場を異にする」という部分は、別の会社という意味は含まれていないと解するのが妥当ということになります。
労働時間の通算に関する話は、社会保険での取り扱いにも通じる部分がありますので、下記の内容も合わせて読んでみて下さい。