- カネを出すなら口も出すのが人間の世界
- 着替えの時間は気楽にしたい。業務命令で着替える不利益
- 更衣時間を労働時間に含めるかどうか 厚生労働省のガイドラインと判例でも判断が違う
- 始業時に5分、終業時に5分の労働時間を更衣時間とする解決策
- 着替えの時間を労働時間に入れると、使用者の指揮命令を受ける
- 更衣時間を一定に定める基準は?
カネを出すなら口も出すのが人間の世界
仕事の前に着替える時間を労働時間に含める。仕事が終わって着替える時間を労働時間に含める。着替える時間にまで給与を払えという、当たり前なのか、ヘンなのか判断しかねるような話が労務管理の現場では起こります。
着替える時間などせいぜい数分なので、その時間に対して給与が付いても誤差程度だろうと思うのですが、それでも食いついてくる人はいるのですね。
法律では、更衣時間を労働時間に含めるかどうかについてハッキリと決まっていません。そのため、着替えの時間を労働時間に含めようと、含めまいと、法律は介入してきませんので、どちらの判断でも好きにどうぞというのが結論ではあります。
更衣時間を労働時間に含めることに反対するとき、その理由は3つあります。
1,更衣時間に賃金が付くと会社に口出しされる。
2,着替えは仕事ではないから自分のペースで着替えたい。
3,更衣時間は個人差があるので、ゆっくり着替えたほうが給与が増えてしまう。
中でも反対する最大の理由は、「更衣時間に賃金が付くと会社に口出しされる」という点にあります。
着替えの時間は気楽にしたい。業務命令で着替える不利益
まず、労働時間に含めるということは、給与が出ますよね。給与を出すということは、会社は着替えに対して注文を出せるようになります。
「早く着替えろ」、「遅い。もっと早くできるだろう」などと小言を言われたり、話でもしながら着替えていると着替えの時間が長くなるので注意されるのでしょうし、スマホをいじりながら着替えて(器用な人です)いても口出しされる。
僅か数分相当の給与のために、着替えにまで管理が及びます。中には、効率的に着替えるためのマニュアルまで作る会社が出てきて、「ユニフォームを着る時は、まず左腕から袖に通して、、、」などとバカげた指定をしてくる。
着替えぐらい自分のペースでやりたいものです。仕事を始める前の準備運動のようなものですし、更衣室には他の人もいるでしょうから会話もあります。
小銭を受け取ると、割にあわない結果を招く例ですね。僅かな賃金で業務命令されるのですから、更衣時間を労働時間に含めるのは労働者にとって不利益ではないかと。
人によっては着替えまで管理されたい方もいらっしゃるのでしょうが、束縛を好む人なのでしょうね。
2つ目の理由については、着替えそのものは仕事ではありません。着替えの時間を勤務時間に含めるならば、ずーっと着替えだけをしているだけで賃金を支払わないといけませんが、これはオカシイでしょう。
レストランのコックは料理を作るのが仕事であって、着替えるのは仕事ではありません。何時間も延々とコック服を着て、脱いでを繰り返すだけで価値を生み出す仕事ではありませんからね。
確かに、着替えは仕事に不可欠な付随行為だから、勤務時間に含めるという判断もあります。しかし、付随行為ではあっても、価値を生み出す仕事そのものではありません。
また、着替える時間に給与が出るなら、ゆっくり着替える方が給与を増やせるという不都合な状況も発生します。男性は短時間で着替える方が多いように思いますし、女性は時間がかかる傾向があるように思えます。例えば、始業時間の30分前に更衣室に到着すれば、始業までの30分が更衣のための労働時間になり、賃金が出ることになりますが、これで一件落着となるのでしょうか。
30分かけて着替える人、3分で着替える人。前者のほうが給与が多くなるのですけれども、職場で働く人は納得するのでしょうか。
最後に、3つ目の理由について。
始業時間の5分前。さらに、終業時間の5分後。この時間を労働時間に含め、着替えの時間を織り込んで勤務時間を設定する方法を提案する人もいます。
始業が10時ならば、9時55分から労働時間に。終業が17時ならば、17時5分までを労働時間にという感じです。
着替えの時間を労働時間に含めて、良い解決法のように思えますが、やはり欠点があります。
着替えを5分で済ませられると想定していますが、これは男性の視点ですよね。
男性ならば着替えの早い人がいますから、「5分もあれば十分だろう」と考える人もいらっしゃるでしょう。しかし、女性の場合はどうか。
女性の場合、ナンダカンダと着替えに時間がかかるもので、5分で着替えるのは難しいのです。
着替えが早い男性。
着替えが遅い男性。
着替えが早い女性。
着替えが遅い女性。
個人差があります。
着替えの時間を5分と決めると、「なぜ5分なのですか、10分は必要でしょう?」などとツッコミを入れる人がいて、悶着が起こります。
また、5分ではなく3分で着替えができるとなると、「5分も要らないな。今度からは3分でいいだろう」とさらに息苦しい管理をされてしまいます。カネを出しているのだから、会社が一方的に着替えのルールを決めてきます。
合計で僅か10分の時間を労働時間に含めるために、なぜそこまで真剣になるのか。会社も社員も、お互いにアホらしいと気付くのはいつなのか。
私ならば着替えの時間まで会社に口出しされるのはイヤです。たった5分(1日合計で10分)しか計上されないのですから、放棄したほうが賢明です。
更衣時間を労働時間に含めるかどうか 厚生労働省のガイドラインと判例でも判断が違う
ちなみに 労 働 時 間 の 適 正 な 把 握 の た め に使用者が講ずべき措置に関するガイドライン では着替えの時間も労働時間に含めるように書かれています。
> 使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を
> 義務付けられた所定の服装への着替え等)や業務終了後の業務に関連した
> 後始末(清掃等)を事業場内において行った時間
ガイドラインではこのように書かれていても、着替えの時間を労働時間に含めると、上記のような問題が生じますので、これに対する解決策は更衣時間を労働時間に含めないという判断にならざるを得ないのです。
作業服に着替えるのは業務を開始するための準備行為だから、それは業務に含まれ賃金が発生する。こういう理屈もあるのですけれども、これでは上記の問題を解決できません。
ユニフォームに着替えたりするのは作業を開始するために不可欠であるとしても、それは準備行為であって、労働力の提供そのものではない。また特段の事情がない限り使用者の直接の支配下で着替えるものではなく、ゆっくり着替える人がいれば、雑談しながら着替える人もいて、中には更衣室で飲食する人もいるでしょう。更衣室には同僚もいるでしょうから、日常的な会話は発生しやすい場所ですからね。ならば、職場での就業規則で更衣時間の扱いについて決めておき、それに従うならば労働時間に含めないというのも可能とする過去の判例もあります。
厚生労働省のガイドラインでは更衣時間を労働時間と同じものと扱うように書いていますが、判例では更衣時間を労働時間に含めるものと含めないものがあり、客観的にどちらと決められているものでもないわけです。実務ではガイドラインであれ判例であれ判断の根拠として使えますけれども、更衣などの準備行為を労働時間にすると、上記で書いたような不都合が生じますから、これを回避するには労働時間に含めない方が説得力が高いように感じます。
お金を受け取ると、相手からの要求に応えなければいけないのが人間の世界ですので、着替えの時間に対するわずかな小銭を受け取ると、普段は10分かかるところを3分で着替えろなどと無茶な要求をされる可能性もあります。
仕事を始める前の準備行為ならば、なおさら自分のペースで着替えたいのではないかと。更衣の時間を労働時間に含めないならば、その時間に使用者は指揮命令をせず介入しないとの内容を就業規則に明記しておくのも一つの方法ではないかと。
よくわかる労働法[第3版] p78では、『着替えや安全保護具の着脱、入浴は、義務的で、しかもそれ自体入念な作業を要する場合をのぞいては、労働時間とはいえないと考えられている』 との記述があります。朝礼やミーティングならば実施時間が全員一律で定まる(5分や10分など)ものの、更衣に要する時間は個人差がありますから、遅く着替えるほど給与が増えるという不具合を解決する必要があります。
判例では、更衣時間は労働時間に含まれると判断している傾向があります。
三菱重工長崎造船所事件(最高裁平成12年3月9日判決)では、**就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの)32条の労働時間に該当する。**、と判断しています。
着替えそのものは仕事ではなく労働時間には含まれないと判断したい人の気持ちは分かるものの、「着替えが業務に不可欠な準備行為であり、会社の指揮命令下にあるとして、労働時間に該当する」と判断されると、着替えの時間を労働時間から除外するのは難しいです。着替えは確かに準備更衣ですし、業務の一環とも言えますし、業務に必要でもありますからね。
しかし、更衣時間は労働時間に含まれるとしても、「ゆっくりと着替えたほうが給与が増えるぞ」と判断して行動されるのもマズいわけです。この点への解決策が必要ですよね。
始業時に5分、終業時に5分の労働時間を更衣時間とする解決策
着替える時間に個人差があるならば、始業時に5分、終業時に5分の労働時間を更衣のための時間として労働時間に計上するのも良いですね。更衣時間には個人差があるので、時間を固定する。ゆっくり着替える方が給与が多くなるのは避けたいですよね。
ゆっくり着替える方が給与が多くなるのは不都合ですし、早く着替えると損した気分になりますから、一律に更衣時間を設けて労働時間に含めると納得できる解決に至れます。1日に合計で10分の更衣時間がありますから、早く着替える方が得ですね。
着替えの時間に制限を設けることなく全て労働時間として計上して給与を支払ってしまうと、時間をかけてゆっくり着替える方が給与が増えて得だと考えてしまいます。
一方、着替えは仕事を始めるにあたって必要なものですし、 全く労働時間に計上しないというのもそれはそれで物議を醸してしまう対応です。
そのため始業時間に5分間の更衣時間を設けて、終業時にも5分の更衣時間を設けて、 早く着替えてもゆっくり着替えても同じ時間だけ労働時間に計上される。これで着替える際の個人差を考慮する必要はなくなります。
5分と決まっているならばなるべく早く着替えた方が有利です(わずか数分ですけれども)。 ささっと着替えて仕事を始めよう、仕事が終わったらさっと着替えて帰ろうという気持ちにさせる効果がありますよね。
着替えの時間を労働時間に入れると、使用者の指揮命令を受ける
着替える時間を全て労働時間として計上してしまうと、その時間は使用者による指揮命令を受け入れる必要が出てきます。となると、例えば3分で着替えるようにと指示が出されたら3分以内に着替えないといけなくなります。着替えるのが早い人なら3分でも足りるでしょう けれども、そうではない人にとってみれば時間が足りなくなります。
時間内に着替えができないとなると、それを人事評価に加える。そういうことも考えられるわけです。
ですから始業時間の前、5分間は労働時間として計上して、その間に着替える。終業してから5分間は労働時間に計上するので、その間に帰るための着替えを済ませる。
すべての時間を労働時間に加えると労働者側に有利ですから、その代償として使用者側も何らかの措置を講じてきます。
始業時と終業時にそれぞれ5分ずつの着替えのための時間を設けると、使用者と労働者との間に上手に折り合いをつけることができます。
更衣時間を一定に定める基準は?
着替える時間に一定の時間を設定して、始業時に5分、終業時に5分と時間設定をすれば、着替える時間に個人差があるという問題を解消できそうです。
しかし、職業によって着替える時間は異なりますよね。
例えば、出勤してきた格好そのまま仕事に入れるとなると、着替える時間はほぼゼロで済みます。スーツスタイルで出勤して、そのまま仕事ができる職場がそうですね。
少し着替える時間がある職業、エプロンを付けて、帽子をかぶる、靴を履き替えるという程度だと、着替える時間には2、3分はかかるのではないでしょうか。
他には、コック服に着替えて、手を消毒して作業場所に行くとなると、5分ぐらいは見積もっておかなければいけないのでは。
さらに、作業服を着て、安全具を付け、ヘルメットを被り、相互の安全を確認する手順が入っている。そういう職業だと着替える時間は5分では足りなくなるかもしれません。
となると、一律に着替える時間を5分と決めてしまうと、職種によっては短い場合がありますし長すぎることもあります。
着替える時間を一定に定める場合は、従業員の方が実際に着替える時間を計測して、その平均時間を基準にして始業時と終業時の更衣時間を設定するのと良いでしょう。
特に根拠もなく5分と定めると、その数字がどこから来たのか、どうやって決めたのかという疑問が残ってしまいますので、実際に着替えてもらった時間を使って、それを基準にして更衣時間を定める方が納得してもらいやすいでしょう。
仮に、実際に着替えてもらって時間を計測し、平均で3分40秒かかってるという数字が出てきたならば、端数を切り上げて、始業時に4分、終業時に4分の更衣時間を設ける。この内容で労使協定を締結するのも一つの方法です。
こちらにも興味がありませんか?