労務管理のツボをギュッと押す方法を考えます

会社で起こる労務管理に関する悩みやトラブルを解決する方法を考えます。

業務停止期間の給与は60%で足りるのか、それ以上必要か。

 

労基法or民法

 


宿泊施設と同じように、雇用契約にもキャンセル料がある。

使用者の責任なり都合で、労働者を休ませた場合、仕事をさせていないけれども、給与を支払う必要があります。

雇用契約というのは、例えるならばホテルの予約に似ているところがあります。

仮に、どこかの温泉地に旅行に行くとして、その近隣の温泉旅館を予約するとしましょう。日帰りでパッと行って、その日のうちに帰る。宿泊せずに温泉を堪能することも可能ですが、ここでは宿泊して思う存分、温泉に入るシチュエーションを考えてみましょう。

旅館を予約する際(ホテルでも同様ですが)、宿泊条件というものがあります。その中に、キャンセルの条件というものがあって、宿泊日の7日前までのキャンセルはキャンセル料0%。3日前までのキャンセルは30%。前日までのキャンセルは50%。不泊の場合は100%。というように、予約を取り消すと金銭的なペナルティが課されるわけです。

宿泊施設を利用した経験がある方ならば、おそらく、このようなルールがあることはご存知のはず。

雇用契約でも、使用者側の都合や何らかのトラブルでもって、労働者が一定の期間、働けなくなると、その期間の給与を支払わないといけないのです。

例えば、業務上、会社なり使用者が何らかの法令に違反して、業務停止処分を受けた場合。その期間は営業できなくなり、従業員も働けなくなるのですが、その原因を作ったのは使用者です。となると、営業できない期間に応じた賃金を従業員に支払う必要があるのです。

「今日は暇だから早退して」とか、「今週は仕事が少ないから、いつも週5日勤務だけれども、週3日でいいわ」とか。こういった指示を出すと、使用者の責任になってしまいますからご注意。


労働基準法を適用するのか、それとも民法を適用するのか。

使用者側の原因により、業務停止処分を受けた場合、労働基準法(以下、労基法)26条に基づいて60%以上の賃金を支払えば足りるのか。それとも、民法536条2項に基づいて100%の賃金を支払うべきなのか。

この点が争点になった事例があります。

平成31年1月23日付判決の、アディーレ事件という判例です。

アディーレというのは、アディーレ弁護士法人のことで、過去に、広告の内容に不適切な部分があり、2ヶ月間の業務停止処分を受けた組織です。

業務が停止されると、従業員は働けなくなるので、その間の給与はどうなるかが問題となります。

ここで、「働いていないのだから給与は出ないだろう」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、そうはならないのです。

使用者が休業なり自宅待機の原因を作り出すと、ノーワーク・ノーペイという主張は通らず、働いていなくても給与を払わなくてはならないのです。

風邪で休んだとか、インフルエンザや感染性胃腸炎で休んだなど、本人側に理由があって休んだ場合は、これはノーワーク・ノーペイで構いません。娘の運動会を見に行くために休んだとか、次男の入学式に行くために休んだ。こういうケースでも同様です。

ちなみに、労働者の都合で休んだ場合は、使用者のようなペナルティーはありません。

しかし、労働者が働けない状況を使用者側で作り出したとなると、休んでいる期間中の給与を支払わないといけなくなります。

この裁判で注目するところは、労基法26条を適用するのか、それとも民法536条2項を適用するのかという点で対立している部分です。


業務停止になったとき、従業員の給与はどうなるか。

アディーレの名前を知ったきっかけはテレビCMだったという方も多いのでは。実際にCMをご覧になった方もいるのではないでしょうか。

裁判では弁護士法人のウェブサイトに掲載されていた広告が採り上げられていました。過払い金関連の広告で、平成22年10月から平成27年8月まで、約5年ほど続いていたものです。

1ヶ月限定で着手金を無料なり割引との内容で、実際は1ヶ月限定ではなく5年ほど続けて宣伝していたようです。「ずっと続く閉店セールのようなもの」という例え(当該弁護士法人の代表弁護士によるもの)も半例文の中では紹介されていました。対象期間を1ヶ月毎に更新して、それを58回ですから、5年弱の期間となります。

期間限定キャンペーンを延長するような事例は他社でもありますけれども、更新するとしてもせいぜい2回か3回程度です。今回の事例では58回ですから、景品表示法違反となり、法人に対して業務停止処分がなされたわけです。

業務停止の期間中、従業員である弁護士は自宅待機になるのですが、その期間中の賃金がいくらになるかが裁判の争点になりました。

自宅待機といっても、その原因は使用者にありますから、無給というわけにはいきません。

不適切な広告を継続して出し続け、業務が停止する原因を作り出したのですから、自宅待機している期間に対する賃金は必要になります。


休業手当から社会保険料も控除される。

仮に1ヶ月の賃金が100万円だとして、労基法26条の休業手当をその60%とすると、60万円。社会保険料率を30%として、労使折半で計算すると、社会保険料は15万円。

60万円から社会保険料を引くと、45万円です。本来ならば85万円のところが45万円になるわけですから、労働者の中には毎月の支払いに支障が出る方もいるのでは。

仕事が丸々1ヶ月休みになったとしても、社会保険料は通常通りに発生しますから、6割に減額された休業手当から、いつもの社会保険料が控除されるため負担感が大きくなります。

2009年の初め頃、中小企業緊急雇用安定助成金の手続きをしていた頃のことですが、とある会社では、休業中の給与は100%支給し、社会保険料は会社が全額負担していました。

これならば、労働者側としては何らの負担もなく、仕事が休みになって、しかも社会保険料の負担がありませんから、普段より給与が多くなります。

給与が減って、社会保険料も控除されるとなれば、従業員としては動揺するはずです。「この会社、危ないんじゃないか」と思う人が出てきても不思議ではありません。中には退職して他の仕事を始める方も出てくるのでは。

しかし、休業中も通常通りに給与が支給されるとなれば、すぐに退職しようとは思いにくいでしょうし、しばらく様子を見るか、と考えるはずです。

ちなみに、その会社は1ヶ月間だけ休業して、その後は通常営業に戻っています。助成金も1ヶ月分だけ受給して終わっています。

休業を続けていると、助成金を受け取っても、会社の資金がじわじわと減っていきますから、それを避けるために休業を1ヶ月で止めたのではないかと思います。


60%の休業手当で足りるのか、それとも100%の給与が必要か。

弁護士法人側は、「一時帰休や自宅待機の場合は、労基法26条に基づいて休業手当を支払う」との内容を就業規則で定めており、今回のケースでもこの通りに対応していました。

一方、裁判を起こした側は、自宅待機の原因を会社(使用者)が作り出したのだから、民法536条2項に基づいて支払うべきであり、労基法26条の範囲にとどまらない」と主張しています。

労基法26条を適用すれば賃金を60%以上支払えば足りるのですが、民法536条2項を適用した場合は、100%の賃金を請求することも可能になります。

労基法26条が適用されるのか、それとも民法536条2項が適用されるのか。この境目は何なのかが裁判のハイライトです。

民法536条2項
債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。

労基法26条
使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の100分の60以上の手当を支払わなければならない。

両者を比較すると、労基法26条の方は支払う金額を60%以上と指定していますが、前者の民法536条2項ではそのような指定はありません。

支給率のところを除けば、この2つの条文はよく似ています。

債権者を使用者と読み替えて、債務者の方は労働者と読み替えてみてください。債務という部分は、労働と変換すればいいでしょう。反対給付は賃金と考えてください。

これだけ似ていると、使用者側の原因で休むことになったら、どちらの条文を適用すればいいのか迷います。


結局、どちらの条文を適用するのか。

労基法26条か。それとも民法536条2項か。どのような基準で、どちらを適用するのかについては、判例文を読んでもはっきりとしませんでした。

東京地裁の判決では、民法536条2項を適用して判断していましたが、原審の東京簡裁では労基法26条を適用した判断だったようです。

どちらの条文も似たようなケースを想定して作られたものなのですが、雇用契約を前提にした場面では労基法26条を適用させる方が自然な感じがします。

法律には、一般法と特別法という分け方があって、「特別法は一般法に優先する」という決まりのようなものがあります。

民法と労基法の関係だと、前者が一般法で後者が特別法であるとすれば、今回のようなケースでは労基法が適用されるのではないかとも思えます。

しかし、東京地裁の判決では民法536条2項を適用させています。

その決め手になったのは何かと半例文を読んでみると、広告をウェブサイトに出していた期間が長期間に渡り、広告の内容が適切なものなのかどうかをチェックしていれば、業務停止処分を容易に回避できたにもかかわらず、それをしなかった。

つまり、時間的猶予が十分にあったのに対応しなかった。それゆえ、使用者の責任は重く、労基法26条ではなく民法536条2項を適用した。

責任が重いと判断したため、労基法ではなく民法を選んだのではないかというのが1つの解釈です。

他には、半例文の最後の方で書かれていたことですが、「就業規則には民法536条2項の適用を排除すると明確には書かれていない」との内容があり、就業規則で「民法536条2項を適用しない」と書いていれば、民法の適用を回避できたのではないかとの解釈もあります。

就業規則に民法536条2項の適用を排除すると書いていれば結論が変わった可能性がある、との含みをもたせた判決内容でした。

ならば、就業規則を作成する際には、「使用者の都合で自宅待機や一時帰休となった場合、労働基準法26条に基づいて休業手当を支払う。なお、この場合、民法536条2項は適用しないものとする」と明記しておけば、民法の適用を回避できるのではないかと思えるのです。

判例文を読むと、就業規則に民法536条2項を適用しないと定めておけば、違った判断ができたかのように書かれています。

ですが、実際に同じようなケースに遭遇したときに、就業規則で民法536条2項を適用除外しているから、労基法26条を適用すると主張していけるかどうか。これは実際に裁判をやってみないと分からないところです。

「一時帰休や自宅待機の場合は、労基法26条に基づいて休業手当を支払う」と就業規則で定めているだけだと、民法については何も書いていないため、民法536条2項を当てはめる余地があるかのような解釈もできてしまいます。

就業規則を作成なり変更する際は、自宅待機や一時帰休の場合に、民法536条2項を適用せず労基法26条を適用する、と明記して予防線を張っておくのが良いのではないかと思います。これで万全かどうかは分かりませんが、就業規則という根拠があると裁判では有利です。

似たような条文が2つあり、どちらが優先的に適用されるかどうかも不明なままですから、今回のような問題が起こるわけです。

東京簡裁では労基法26条を適用し、東京地裁では民法536条2項を適用しており、裁判所でもどちらを選択するかで迷ってしまうのでしょう。

もし、使用者の責任の重さを判断基準にしてしまうと、責任が重ければ民法で、軽ければ労基法でとなりますが、責任の重さを判断するのは容易ではありません。使用者は責任を軽く見積もるでしょうし、労働者は逆にそれを重く見積もるはずですから。

山口正博 社会保険労務士事務所
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