同じ健康保険で似ているものを分けている
健康保険には2種類の制度がある。国民健康保険(以下、国保)と協会けんぽ(以下、けんぽ)の2つです。なお、他にも組合健康保険があるが、これは協会けんぽに含めて考えることにします。
国保とけんぽは、お互いに全く同じではないがよく似た制度です。運営者、保険料の計算と負担、被扶養者制度の有無、給付内容の点で違いはあるものの、ほぼ同じと考えて差し支えない。
ここで疑問を抱くのは、なぜ似たような健康保険制度を2つも設けているのかという点です。ほぼ同じような制度ならば、どちらか1つに集約すればいいのではないかと思うはず。
「自営業の人は国保、会社員の人はけんぽ」という分け方も分からないでもないが、あえて2つの制度を設けてまで分ける必要はないはずです。自営業であっても会社員であっても国保に加入するか、それとも両者ともけんぽに加入するか。1つの制度にまとめた方が分かりやすいでしょう。
しかし、実際には1つの健康保険制度にまとまることはなく、2つの制度が併存している。国保とけんぽの違いを例えるならば、むつりんごとふじりんごぐらいの違いではないだろうか。
ならば、似たような2つの制度をあえて併存させる理由があるのかもしれない。
保険料の折半負担と全額自己負担で人を動かす
もし、健康保険制度が国保だけだったらどうなるか。
まず、会社に入社したときや退社するときに被保険者資格関連の手続きが不要になるでしょう。けんぽだと、入社するときに資格取得し、退社するときに資格喪失の手続きをする。さらに、退社後もけんぽに加入し続けるならば、任意継続の手続きも必要です。
また、パートタイム社員さんが社会保険(けんぽと厚生年金)に加入するかどうかで悩む負担も減ります。国保には既に加入しているという前提ならば、あとは厚生年金に加入するかどうかを判断するだけになりますので、悩みが半分になるのですね。
国保に集約する最大の利点は、持ち運びができる点にあります。所属する組織を変更しても手続きが不要ですから、事務作業を省略できます。けんぽの場合は、所属する組織を変えるたびに手続きが必要ですから、持ち運びができません。
では、上記のように利点がありながらなぜ国保に集約しなかったのか。
それは、国保だと保険料の回収に手間がかかるし、保険料が全額自己負担になるという2点が主な理由ではないかと思います。
法人に所属し一定の条件を満たすとけんぽに加入しますが、保険料は給与や賞与から徴収されるので、個人で支払う必要がありません。ここが国保との違いで、国保は半ば自動的に保険料を徴収する仕組みを前提としていない(ただし、任意で口座振替は選択できるはず)ので、保険料を回収できないことがあります。しかし、けんぽならば、給与や賞与がある種の担保になっているので、保険料を確実に集めることができます。
「任意性を与えない」という点がけんぽの特徴ですね。強制的に制度に組み込むことで、保険料の回収を確実にし、制度の収支を安定させるわけです。
人は生活していると病気にかかり、また怪我をするので、保険料収入に関わらず保険給付は続ける必要がある。ならば、保険料収入も安定させないといけないので、制度に半ば強制的に加入させ、保険料を確実に回収し、収支を安定させる必要がある。
もし、加入するかどうかという点に任意性があると収入がブレるはずです。健康な人は加入を避けるだろうし、病気がちな人は積極的に加入するようになるでしょう。しかし、病気がちな人が多くなれば、おそらく健康保険制度はうまく回らないだろう。健康な人がそうでない人を支える構造にすれば健康保険制度は成り立つが、健康でない人だけでは制度は成り立たない。
「もし国保に集約すると、全額負担になっちゃうでしょう?」と思う人は結構多いはず。
確かに、健康保険料は折半負担というイメージが浸透しているので、全額負担を嫌がる気持ちになるのは自然なこと。
「国保ならば、保険料は全額自己負担です」
「協会けんぽならば、保険料は半額です」
上記の2つの選択肢をオファーされたとき、どちらを選択するかと聞かれれば、ほとんどの人は後者を選ぶはずです。全額自己負担と半額ですから、後者を選ばない理由はないでしょう。
人は「半額」という言葉によく反応します。オンラインクーポン サイトでも、50%offや半額という文字があると、反射的に欲しくなってしまう。べつに欲しくないものまで半額だと買ってしまうという経験は私もあります。
「折半=半額」というイメージを作ることもできるので、どうしても国保よりもけんぽの方が選択されがちです。
折半負担の仕組みは、協会けんぽを存続させる動機になっていて、また国保への集約を避ける動機にもなっているのですね。
恐らく健康保険を一本化するとなると、保険料負担の点で反対されると思う。「国保=全額自己負担、けんぽ=折半負担」という構図が浸透しているので、保険料が2倍になる(ただし、必ずしも2倍になるとは限らない)施策には反対するわけです。
折半負担は言わば「人質」として使われているのではないでしょうか。
折半負担(保険料半額と表現してもいい)の代わりに、強制加入、給与天引き、任意脱退できないという条件を受け入れてもらう。折半負担は、いわばアメとムチの「アメ」なのかもしれない。
厚生年金も同じです。健康保険と同じく折半負担であるがゆえに、国民年金に一本化する動機が薄れます。
折半負担の仕組みを考えた人は頭の良い人だと思う。
保険料の折半負担は、企業と社員で互いの負担感を緩和し、制度に参加する動機を高める効果をもたらしている。さらに、保険料収入も増やしやすい。例えば、保険料率が3%増加しても、各負担は1.5%だから受け入れられやすい。
人の気持ちを見通した見事な仕組みです。