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残業が多いと社会保険料が増える? 時間外手当が膨らんで標準報酬月額も膨らむ

一時的に残業が増えただけだから計算外にすべき?

健康保険料と厚生年金の保険料は、標準報酬月額によって決まる。さらに、標準報酬月額は報酬月額によって決まる。簡単に書くと、報酬月額は毎月の給与だと思っていただければ良いかと思います。毎月の給与によって標準報酬月額が決まるわけです。また、標準報酬月額には等級があって、各等級ごとに報酬月額に対応した標準報酬月額があらかじめ決まっていて、標準報酬月額等級表というものが現場では利用されます。

参考:

標準報酬月額の等級を見るにはここから 都道府県毎の保険料額表(全国健康保険協会)



標準報酬月額は原則として年に1回計算し、健康保険と厚生年金の保険料も1年間は固定される。具体的には、4月、5月、6月に支給された報酬額を利用して標準報酬月額を計算し、ここで算出された数字を1年間利用します。

ただ、わずか3ヶ月間の数字を利用して1年間利用する数字を算出するため、ときには本来あるべき水準から乖離してしまうこともあります。とくに、4月から6月までの給与のなかに時間外手当が多かった場合や何らかの手当てが多かったとき、想定していた適正な標準報酬月額の水準とは違った結論になる可能性があります。

残業で出る時間外手当も社会保険料の計算に含まれる

とある人が5月1日に会社に入社し、6月15日に初めての給与を受け取った。7月に標準報酬月額の算定処理を行ったところ、想定していた標準報酬月額の水準よりも高いので、社会保険審査会へ審査請求(なお、社会保険審査官への審査請求は通過しており、満足できる結論ではなかったので審査会へ)したという過去の事例があった(社労士の会報に掲載されていたもの)。

この事例の会社では、当月分の給与は翌月の15日に支給するようになっていて、5月は新規出店の準備のため時間外勤務が多くなり、割増手当も多く支給されていた。それゆえ、6月15日に支給される給与では時間外手当が膨らんでいた。

標準報酬月額は4月、5月、6月に支給された給与を利用して計算するため、この人の場合、6月15日の給与のみで標準報酬月額を計算せざるを得なかった。ちなみに、6月分の給与は7月15日に支給されるので計算外となる。となると、6月15日の給与が何らかの手当てにより多く膨らむと、その給与額を基準にして標準報酬月額は計算され、さらに健康保険と厚生年金の保険料も計算される。

一時的に増加した報酬を基準に標準報酬月額を決めずに、適正な水準に標準報酬月額を下げて欲しいと審査請求したのが上記の事例です。


では、標準報酬月額を減額する審査請求が認められるのか、それとも、却下されるのか。

結論から書くと、偶然に新店開店や事業所移転というイベントが算定直前の時期に発生し、時間外勤務が多くなり、それに伴い手当も多くなったとしても、標準報酬月額を減額する理由にはなりません。

標準報酬月額はいわゆる定時決定や随時改定で計算されますが、例外的に職権により決定することもできます。ただし、職権で標準報酬月額を決めるのは、給与遅配(3月に支給される給与が4月に支給された等)、低額の休職給与、ストライキで仕事できずという例外的な場合のみなのです。一時的に残業が多くなり、時間外手当が通常時よりも多く支給されたとしても、職権で標準報酬月額を修正するほどではないのでしょうね。

もし、同じような事例が発生して、「一時的なものだから標準報酬月額の計算では考慮しないで」と申し立てても否決されるはずです。前例がありますので。

「1年間も使う数字なのだから、イレギュラーに手当が増加したのだったら、その影響を除外して計算するべき」という気持ちは分かりますが、4月、5月、6月の給与に影響する勤務は算定処理を見越してキチンと調整するのが妥当ですね。


蛇足ですが、標準報酬月額の算定では、「~月分の給与」ではなく、「その月に支給された給与」で計算します。例えば、3月分の給与が4月20日に支給されるとすると、それは4月分の報酬であると判断されるわけです。実質は3月分の給与なのですけれども、算定処理では扱いが変わるのですね。

たまたま残業が増えても社会保険料は上がる

何らかの事情で急に仕事の量が増えて、残業が多くなったとしましょう。普段だったらこれほど沢山の残業はないにしても、イレギュラーな仕事、例えば注文量が急に増えたとか、退職者が多くて1人当たりの仕事量が増えた、または業務上の都合で残業が急激に増える、こういった事情で支給される残業手当が多くなった。

では、残業手当が急激に増えると社会保険料も変わるのかどうか。その残業が一時的なものであっても影響があるのか。この点が疑問になります。

一時的な事情で残業手当がグッと増えたとしても社会保険料には影響はないだろうと考える方もいらっしゃるかもしれませんが、一時的に残業手当が増えた結果、社会保険料が増加するケースもあります。たまたま残業が多くなっただけだから考慮されないだろうと思うところですけれども、そうはならないのですね。

社会保険料は、毎年1回、7月に行う手続きである定時決定(算定基礎届という書面を出す)で決まります。4月から6月までの3ヶ月間の収入、社会保険では「報酬」という表現を使っていますが、その4月から6月までの報酬でもってその年の9月から来年の8月までの1年間の社会保険料を決める。それが算定基礎届を出して行う定時決定の手続きです。春の時期の収入で1年間の社会保険料が決まるんですね。

毎月の収入は、社会保険では「報酬月額(報酬を1月分まとめたものと考えてください)」と表現されていて、その報酬月額を基準に「標準報酬月額」という数字を出して、標準報酬月額に健康保険料率や厚生年金保険料率を掛けて社会保険料を算出します。

例えば、毎月の収入が40万円の人だと、報酬月額は40万円で、標準報酬月額は41万円になります(都道府県毎の保険料額表にあてはめると分かります)。報酬月額と標準報酬月額は似た言葉ですけれども、ある一定の幅の報酬月額だと、この標準報酬月額になります、という等級区分が定められています。

都道府県毎の保険料額表(全国健康保険協会)

自分の毎月の収入を報酬月額に当てはめると標準報酬月額が分かるので、その標準報酬月額に保険料率を掛けると社会保険料が分かるというわけですね。 

社会保険料は収入に連動するものですけれども、毎月の収入の増減に連動するのではなくて、毎年4月から6月の報酬で9月以降の1年間の社会保険料が決まっていくというものです。ちなみに、雇用保険料は毎月の収入に連動して増減します。

しかし、4月から6月は1年のうち3か月間ですから、それ以外の時期に収入が変動することはありますよね。

上記の様に一時的に残業が増加して残業手当も多くなると、定時決定の時期でなくても臨時で標準報酬月額を変更することができる「随時改定」という手続きをすることになります。これは4月から6月以外の時期に報酬が変動した場合に対応する仕組みです。収入の実態に合わないままの社会保険料だと困りますから、随時に標準報酬月額を変更できる選択肢が用意されています。

随時改定(月額変更届)日本年金機構

一時的に残業手当が増加しただけだから社会保険料は変わらないだろう、というものではなく、社会保険料の計算で使われる報酬には、賃金、給料、俸給、手当、賞与、その他いかなる名称であるかを問わず労働者が労働の対償として受ける全てのものと定義されているので、残業手当も報酬に含まれます。

残業手当は非固定的な賃金ですから、残業手当だけが増えても随時改定の対象にはなりません。しかし、昇給した時期に重なって残業が増加したとなると、固定的な賃金と非固定的な賃金を合算して標準報酬月額が随時改定で算定され、想定よりも高い標準報酬月額になることがあります。固定的な賃金だけで標準報酬月額が決まらないのが考えどころなんですね。一時的に増えた手当だから計算には含まれないだろうと思ってしまいがちなところです。

そのため、残業手当が一時的にドカンと増えたとしても、それは報酬に含まれて計算されるので、その増える程度によっては標準報酬月額が変わり、社会保険料も変わるというわけです。 

「たまたま残業が多くなって残業手当もそれに連動して増えただけなんだから、社会保険料は以前のままでいいだろう」そう思いたいところですけれども、残業手当が増えることで標準報酬月額の等級区分上の等級が2級以上の差を生じると、随時改定を行い、標準報酬月額、社会保険料を変えていきます。

標準報酬月額の等級を見るにはここから 都道府県毎の保険料額表(全国健康保険協会)

残業が増える前は毎月40万円の収入だったところ、残業が多くなって月50万円に増加したとします(その間、固定的な賃金の昇給も少しあったと想定)。月40万円の収入だと、報酬月額は40万円、標準報酬月額は41万円で、等級は27等級です。その後、残業手当が多くなって月50万円の収入になると、報酬月額は50万円、標準報酬月額も50万円になって、等級は30等級。となると、2等級以上の差を生じているので、この場合は随時改定をしていくことになります。固定的な賃金の昇給と同時に、残業手当のような非固定的な賃金が増加すると随時改定の可能性が高まります。残業手当だけが増加したならば随時改定の対象外ですが。

仮に10月の収入が月40万円で、11月に残業が急激に増えて残業手当が加算され月50万円の収入になった。その後、12月、1月も残業が多い状態が続き月50万円が続いた(11月、12月、1月の報酬支払基礎日数は17日以上と考えます)。この場合、2等級以上の差を生じて、変更後の報酬を初めて受けた月(11月)から起算して4カ月目に随時改定で標準報酬月額を変更するので、2月から標準報酬月額が変わり、社会保険料も変わります。

社会保険料率が30%だとすると、変更前は41万円の30%で12万3千円。変更後は50万円の30%ですから15万円。

残業手当が増えることによって社会保険料も月に27,000円増えます。

たまたまイレギュラーな事情で残業が急に増えて、残業手当も急激に増えた結果、あくまで一時的なものだから社会保険料は変わらないだろうというものではなくて、残業手当も社会保険では報酬に含まれますから、増えた残業手当を含んだ上で標準報酬月額の等級が2等級以上の差が生じると、随時改定が行われ社会保険料も変わります。

ちなみに、標準報酬月額の算定には「保険者算定」という方法もあるのですけれども、一時的に残業が増えたという理由で標準報酬月額が上昇した場合には保険者算定は実施されません。

定時決定や随時改定で標準報酬月額を決めると実態に合わない数字になってしまう。それを修正するための手段として保険者算定という方法が用意されています。 

保険者決定(日本年金機構)

毎年同じ時期に残業が極端に多くなり、報酬が増えて、標準報酬月額の算定に支障が出る業種の場合には保険者算定でもって調整がされるのですけれども、たまたま業務上の理由で残業が増えた結果、標準報酬月額が上がったとしても、それは保険者算定の対象にならないのです。

  • 毎年、お茶摘みのシーズンになると残業が多くなる。
  • 田植えのシーズンに残業が多くなり、収穫のシーズンに残業が多くなる。
  • 漁期は残業が多いけれども、それ以外の時期は閑散期になる。
  • お盆の時期に残業が多くなる。
  • 年末年始だけ集中して残業が多くなる。

繁忙な時期と閑散期があって、毎年その時期が同じ業種ならば、1年平均の報酬で標準報酬月額が算定されます。規則性があるのがポイントですね。

また、毎年4月から6月の3ヶ月間だけ繁忙期になって、それ以外の時期は閑散期になるような業種だと、定時決定で標準報酬月額を決めてしまうと、社会保険料が高くなりすぎるので、こういう場合は保険者算定で年間の報酬を平均して標準報酬月額を決めます。

定時決定のため、4月~6月の報酬月額の届出を行う際、年間報酬の平均で算定するとき(日本年金機構)

毎年同じ時期に残業が急激に増えて、標準報酬月額を繁忙時期の数字で算定すると不具合が生じる。その場合には保険者算定で標準報酬月額を決定できます。しかし、そういう規則性のない形での残業の増加については保険者算定の対象になりません。 

ですからイレギュラーで残業する時は、極端に残業が増えすぎないように見ておく必要があります。昇給の時期と接近していると随時改定の条件を満たす可能性がありますから。上の例だと、月40万円の収入が残業の増加で月50万円に増えると、3等級の差が発生しています。普段の収入に2割プラスぐらいになってくると随時改定の基準に引っかかる可能性が出てきますから、一時的な事情で残業するとしても、月の収入プラス1割ぐらいの残業手当に納まるように仕事の量や働く時間を調整していく必要がありますね。

昇給は少しでも残業手当の増加が多いと随時改定の条件を満たすこともありますので。

随時改定の仕組みは複雑ですから、随時改定が必要な場面になってもその手続きがされずにそのまま過ごされてしまうことも少なくないのではと想像します。制度の運営側もある程度の誤差脱漏を織り込んでいるのでしょうけれども。

大半の事業所では7月の初めに行う算定基礎届による定時決定ぐらいしか経験していらっしゃらないでしょうから、随時改定が必要な場面になってもその手続きが必要なのかどうかがわからず、仮に必要だとしてもどういう風に判断したらいいのかもわからない状況になるのではないかと。難しいですよね随時改定。

残業が発生する職場だと三六協定で時間外労働の制限をかけているでしょうけれども、その制限を超えて働いたりしてしまうと、今回のように随時改定の基準に抵触する報酬額に達してしまうこともあるのではないかと。

時間外労働はほぼ発生しない職場ならば今回のケースと同じにはならないですが、非固定的な賃金は残業手当だけでなく実費で支給する通勤手当も対象ですので、昇給と非固定的な賃金の増加が重なると随時改定で標準報酬月額が上がる可能性があるのは通勤手当でも同じです。

残業は、残業手当だけでなく社会保険料にも影響するのは知っておきたいところです。

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