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クラウドソーシングは受注するより発注するほうが儲かる。

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受注する方が儲かるように思えるが、、。

下記のニュースによると、月収20万円を超えたクラウドワーカーは111人とのことですが、これを良い数字と解釈するか、それとも良くない数字と解釈するかは人によって変わります。

在宅だけで稼げる? クラウドワーカーは「ブラック」か「福音」か

クラウドソーシングを受注するとなると、お世辞にも良い報酬とは言えない額が提示されている場合があり、ちょっと高額な案件になると、急に条件が厳しくなる傾向がありますね。

内職感覚でちょっと取り組む程度だと、ほんのお小遣い程度しか稼げない。在宅で仕事ができるという手軽さはあるものの、主力の収入源とするには心もとない。

ただ、これは受注サイドの感想です。クラウドソーシング市場で受注し、作業をして、成果物を納品する。そして報酬を得る。クラウドソーシングの話は、受注者の視点で進むことが多いのです。

では、発注する側はどう感じているか。クラウドワーカーに何か仕事を依頼し、報酬を支払う。出費が発生しているので、案件を受注するよりも何だか損している感じがするかもしれませんが、実は仕事を受注するよりも発注する方が稼ぎやすいのではないでしょうか。

 

 

発注者はお金を使ってお金を稼いでいる。「貰う」という発想ではない。

仕事を発注するとなると報酬を支払う側になりますから、「オカネが出て行くのだから、稼げないでしょう?」と思いがちです。

確かに、出費が発生している部分だけに着目すると、確かに稼いでいない状態です。しかし、もう少し視点を先に向けるとどうか。

例えば、スマホアプリのロゴを5,000円で作ってもらう案件を発注者が出す。その案件をクラウドワーカーが受注し、ロゴを作成する。その後、成果物であるロゴを納品して、発注者が受注者に5,000円を支払う。これがクラウドソーシングですよね。

この時点で、受注者は5,000円を稼いで、発注者は5,000円を失っています。稼いでいるのは受注者であると分かりますね。

しかし、ここで思考を止めてはクラウドソーシングの本当の姿が見えません。

成果物であるスマホアプリのロゴを5,000円で作ってもらった後、発注者は何をするか。素直に考えると、自らで企画し、作成したスマホアプリをリリースするはずです。アプリ内で課金したり、広告を掲載したり、何らかのコンテンツをアプリ経由で販売したりなど。色々と商売で利用するわけです。

ロゴを5,000円で作ってもらった段階では支出が発生しましたが、その後、スマホアプリで収益を得て、その収益が300,000円になったとしましょう。

ロゴだけでスマホアプリが構成されているわけではなく、本体のプログラム、企画、運用など、色々とコストが発生しているでしょう。諸々のコストが250,000円発生したとして、ロゴの制作代金5,000円をそこに加算して、255,000円とすると、残った利益は45,000円です。

つまり、発注者は、クラウドワーカーに仕事を発注し、その成果物をお金で買う。そして、手に入れた成果物を使ってお金を稼ぐ。

自分の体を使い、作業をして報酬を得る人(受注者)。
お金を使って、成果物を購入し、それを使ってより大きな報酬を得る人(発注者)。

どちらでも好きな方を選べますが、後者の方が随分とラクをしている感じがします。自分1人で仕事をするよりも、お金を使って他の人の力を借りながら仕事をする方が賢いのではないでしょうか。

報酬を受け取る側よりも、報酬を支払う側の方が有利になる。それがクラウドソーシング市場の真の姿なのでしょう。

会社での経営者と従業員の関係も、クラウドソーシングに似たところがあります。

 

 

クラウドソーシングは搾取の仕組み? 「使われる側」ではなく「使う側」になろう。

ネットをよく利用する人ならば、「クラウドソーシング」という言葉を見たり聞いたりするのではないでしょうか。

クラウドソーシングとは、ネット上で仕事と報酬を提示し、不特定多数の人からその仕事に応じる人を集め、仕事と人を結びつけるマッチングサービスです。これは労働者派遣に似た仕組みですね。

仕事を得るには、どこかの会社なり組織に所属するか、自営業で商売をするかぐらいしか以前は方法がなかったのですが、今ではネットで直接に仕事を見つけ、それに応じて働くというスタイルができつつあるようです。

私が興味深いと思ったのは、「撮影場所に近いカメラマンを探してWEB上で契約の締結から支払いができる」というクラウドソーシング。

例えば、沖縄に住む人がエジプトのピラミッドの写真を撮りたいと考えたとき、自ら飛行機に乗ってエジプトに行き、現地でカメラを構えて撮影する必要があります。さらに、日帰りはしんどいでしょうから、宿泊施設を確保して、撮影することになるはず。

もし、自分自身ではなく、エジプトに住む人に対価を支払って、ピラミッドの写真撮影を代わりに行ってもらえるとしたら、便利です。飛行機に乗らなくていいし、ホテルを探す必要もない。何より時間を大幅に節約できます。

写真撮影のクラウドソーシングサービスは、場所と時間の制約を超える点に価値があり、沖縄にいながらにしてエジプトのピラミッドの写真を手に入れることができる。これは良いですよね。

会社単位で上記のような仕事を引き受けるとなると、2−3枚だけの写真撮影では引き受けてもらえず、おそらく1,000枚単位ぐらいの取引ロットになり、個人ではなかなか利用しづらいサービスになるはずです。しかし、クラウドソーシングで、撮影を依頼する人と依頼を受ける人が個人で結びつけば、より小さいロットで取引が可能になり、「ギザの三大ピラミッドの写真を10枚ほど撮影してもらえないか」というような依頼も実現できるでしょう。

企業レベルでは実現できないことでも、クラウドソーシングならば個人レベルで実現できる。つまり、ネットを利用することで、より小さい単位で仕事を流通させることができるようになり、人が選択する仕事の幅も広がります。収入源を1つに限定するのではなく、クラウドソーシングを利用して、収入を複線化することもできるのではないかと思います。

このように書いていると、クラウドソーシングは素晴らしい仕組みで、何も問題はなさそうな感じがします。

しかし、「クラウドソーシングは搾取的な仕組みだ」と指摘する人もいて、誰しもが賛成する仕組みではないのが現状のようです。

辞書では、搾取という言葉は次のように定義されています。

「生産手段の所有者が生産手段を持たない直接生産者を必要労働時間以上に働かせ、そこから発生する剰余労働の生産物を無償で取得すること」

クラウドソーシング市場では、ネット上に仕事の内容や報酬、条件を提示し、それに応じる人を募集します。ここでは、仕事を依頼する側が条件を決められるため、より低コストでより多くの仕事を依頼する動機が生じます。なるべく低い報酬で、なるべく高度で複雑で多くの仕事を処理してもらった方が依頼者はトクをします。

それゆえ、仕事の内容に比して低い報酬が設定されてしまい、その点が搾取的と指摘される原因になっているのだと思います。「こんな高度なタスクを要求しておいて、報酬はたったの〇万円?」と感じることもあります。

少ない報酬でより多くの仕事をさせる。この点だけで判断すれば、確かに搾取的と言えます。

しかし、「少ない報酬でより多くの仕事をさせる」のは、クラウドソーシングだけではないはず。

もし、会社に所属して働いていれば、売上から経費を差し引き、それが利益になります。売上よりも経費が少なければ利益が生まれますので、経費である人件費もなるべく少なくなるように会社も運営されています。ならば、クラウドソーシング市場から仕事を得る場合であれ、会社に所属して仕事を得る場合であれ、程度の差はありますが、いずれも搾取的と言えます。

誤解を恐れずに書けば、会社も働く人を搾取することで運営されているのですから、クラウドソーシングだけを叩くわけにもいかない。

別の立場から考えれば、クラウドソーシングには強制力がなく、そこに搾取が生じるのかどうかも考えどころです。自分で仕事選んで、やるかどうかを決めるのは本人ですし、気に入らなければ受けないのも自由です。

搾取というのは、何らかの強制力が伴っているのではないでしょうか。やむにやまれず取り組まないといけない作業とか、やめたいけどやめられない仕事とか、何か弱みを握られてやらされている仕事とか。このような作業なり仕事だと、搾取という言葉が適しているのかもしれません。

しかし、クラウドソーシングの場合は、仕事のオファーに応じるかどうかは本人次第です。もし、「この仕事で、この条件では納得できない」と思えば、仕事に応じないでしょう。逆に、「うん。これならばやってもいいかもしれない」と思えば、仕事に応じる。

自分自身で取り組むかどうかを決められる。そういう環境で、はたして「搾取」という言葉が適切なのかどうか。

仕事に応じるかどうかは本人次第で決められるならば、「これは搾取的な依頼だ」と思えば拒否できます。クラウドソーシング市場以外でも仕事はありますから、あえてクラウドソーシングの仕事に応じる義務もありません。

会社でフルタイム勤務してもいいし、パートタイムで働いてもいい。派遣社員で働くのもアリですし、契約社員という働き方もあります。他にも、自分で商売を始めてもいいし、何か自分で職業を作り出すのもいいですね。

クラウドソーシング市場からしか仕事が供給されないならば、搾取という言葉も入り込む余地があると思いますが、他の選択肢がある状況で、あえて搾取的な仕事に応じることもない。

それでもまだ、「いや、でも、、やっぱりクラウドソーシングには賛成しにくい」と思う人もいるかもしれませんね。

先ほども書きましたが、クラウドソーシングを受注する側に立ったとしても、せいぜい小銭稼ぎ程度の収入しか得られません。報酬に見合わないほどの難しい仕事が多いですし、骨折り損のくたびれ儲けと表現するのもあながち間違いではなさそうです。

一方、仕事を発注する側は、他人に作業をしてもらい、その成果物を使って、さらに大きく稼いでいきます。5,000円でクラウドソーシングを発注したとしても、その成果物でもって30,000円を稼げば、粗利は25,000円です。

自分の体や時間を売るという発想だと、受注者側に立ってしまいがち。他方、他の人の労力や時間をお金で買っていこうと考えれば、発注者になり、より大きい果実を手に入れられます。

 

 

規制なき自由な労働市場の試金石。

クラウドソーシングは、仕事の流通経路を変えて、人と仕事を直接につなぐ。これが特徴であり長所です。

直接に仕事を探せるとなると、仕事の選択肢が増えますし、いままで死蔵していた自分自身の能力を換価できる可能性も生まれます。

また、労働市場のパイを広げる効果もあります。今までの働き方に、クラウドソーシングという働き方が加わって、仕事の選択肢が増えるのですから、以前の環境ならば失業者だった人が仕事を得られるようになることもあるのではないかと思います。

また、今まで会社で行われていた仕事がクラウドソーシング市場に流れていくという可能性ももちろんあります。この過程で、以前の雇用が喪失され、就業環境が変わってしまう人も出てくるかもしれません。

組織内で分業していた時代から、組織の外にいる人も動員して仕事をしていくことができるようになり、人も仕事もバリエーションが増えて、おもしろい時代になったといえば、そうかもしれません。

クラウドソーシング市場には最低賃金規制がないので、どうしても単価の安い仕事が流通しがちです。ただ、賃金の規制がないため、市場に供給される仕事の量はおそらく最大化されます。労働市場では、賃金が下がれば下がるほど仕事の供給が増えるので、この点では望ましいとも思えます。

「単価が下がれば、仕事を受ける人は困るんじゃないか?」とも思えますが、仕事と報酬が吊り合わない案件は、仕事の受け手がいなくなり、自ずと市場から消えていく。そんな考え方もできます。

報酬は仕事にリンクしていますから、より難易度の高い仕事には相応の報酬を用意しないといけないでしょうし、あまりに低い単価を提示すると、それに応じる人もいなくなっていきます。

仕事の中身と報酬が均衡するまで、両者は調整される。まさに、マクロ経済学における需要と供給のゴールデンクロスが現れる。それがクラウドソーシングの市場なのかもしれません。

時代に合った仕組みならばクラウドソーシングは残るでしょうし、そうでなければ消えていく。

規制のない労働市場がどういう結果になるか。クラウドソーシング市場を見ていれば、その結果が分かるかもしれません。

 

 

 

山口正博 社会保険労務士事務所
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