職場との一体感は欲しいが、プライベートとは区別したい 就活生の「働きたい組織」調査
http://blogos.com/article/128709/
大学生が働きたい組織として支持した項目の1位は、「コミュニケーションが密で、一体感を求められる」で76.8%。対立項目は「コミュニケーションは希薄で、個人の自由に任せる」で23.2%にとどまった。
働きたい組織の特徴(2016年卒)
http://data.recruitcareer.co.jp/research_data/sonota/hatarakitaisosiki_2016sotu.pdf
コミュニケーションとは何かが分かりにくい。コミュニケーション能力が高い人が望ましいとか、コミュニケーションが密であるとか、コミュニケーションが不足しているなどと言葉を使うが、肝心のコミュニケーションとは何なのかをキチンと定義せずに言葉が使われているため、いつもモヤっとします。
辞書では、「人間が互いに意思・感情・思考を伝達し合うこと。言語・文字その他視覚・聴覚に訴える身振り・表情・声などの手段によって行う」と定義されています。普通に生活していれば、普通にコミュニケーションは発生するようなものですが、あえて言葉を出して求めるほどのものでしょうか。
学生の立場だと、部活やサークルのようなノリで笑い合っているような状態をコミュニケーションと定義しているのでしょうが、職場で求められるコミュニケーションというものはここのようなものなのでしょうか。
とりあえず今回は、言葉をやりとりすることをコミュニケーションであると定義しておきましょう。
仕事をしていれば、嫌でもコミュニケーションは発生するし、日常生活でも同様です。コミュニケーションが密な状態とはどのような状態なのか。希薄な状態とはどのような状態なのか。この境目もよく分からないところです。
私が思うに、コミュニケーション過多なのが現状です。密なのが当たり前で、希薄な状態を想定できないほど今ではコミュニケーションが過剰です。手にスマホが癒着しているんじゃないかと思えるほどスマホの画面ばかり見ている人をあちらこちらで見かけますが、あれを見るとコミュニケーションが希薄だとはとても思えません。
日常生活でも過剰に他者と接触しているのに、職場でもさらに過剰な接触を求める。私の感覚では異常に思えますが、人と接触し過ぎるとストレスが蓄積し、何らかの精神障害を発症するのではないかと感じた場面が私にはあります。
『コミュニケーションが密で、一体感が求められる』
『ウェットな人間関係で、プライベートも仲が良い』
『幅広く多様な人と、人間関係を築ける』
働きたい組織の特徴(2016年卒)の中にある回答から引用すると、人との関係に対する飢えというか要求が多いように思えます。
私ならば、サラッと指示だけして、後はドーンと任せてくれるような環境が好みですが、ネチャネチャとした人間関係を求める人の方が優勢のようです。
今では、言われたことしかやらないタイプの人が増えてきたように思えます。これは悪いように捉えられがちですが、見方を変えると、マジメで責任を負いたくないタイプなのでしょう。自分の判断でゴリゴリと事を進めると、「勝手なことをするな」と怒られると思い、指示された範囲でしか動かない。
この手のタイプは自分では決めない傾向もあります。人が決めたことには従うが、自分で決めて動いたりはしない。
私は、「仕事とは問題解決の連続」だと定義しています。この場合はどうするか。こうなった場合はどうするか。それを考えて解決するのが仕事ですから、人任せではどうにもならんなというのが私の価値観です。