- 割増賃金の不払い事例から、残業代不払いが起こる原因を見つける。
- 道具が残業代の不払いを防ぐわけじゃない。
- 指静脈認証システムを使っても賃金不払い残業が発生する。
- 道具が時間の正しさを保証するわけではない。
- 3回連続で労働時間を自己申告している事例。
- 残業管理簿を廃止してICレコーダーを導入。
- 時間は正確だったのか。それとも不正確だったのか。どっちだ?
- 事例3と事例4は手抜き?
割増賃金の不払い事例から、残業代不払いが起こる原因を見つける。
監督指導による賃金不払残業の是正結果(平成24年度)
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/chingin-c.html
上記のページに残業代の不払いに関する平成24年度の情報が掲載されています。
このページには、「参考1)賃金不払残業(サービス残業)の解消のための取組事例集(http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/dl/chingin-c_05.pdf)」というPDFファイルがアップされていて、そこには残業代不払いの事例が紹介されています。
そこには4つの事例が掲載されていて、不払いの状況、監督署の指導内容、その後の対策がセットになっています。
この事例を使って、どうやって残業代の不払いが起こっているのか。どんな対策をしたのか。調べてみようと思います。
今回は、まず事例1から。
賃金不払いの状況は以下の通り。
『会社は、始業・終業時刻を労働者本人の自己申告により把握する手法により労働時間を管理していたか、終業時刻 は定時て記録されている日か多い状況にあった。しかし、警備記録等によると、定時すきに退社する者は少なく、実態を 正しく反映てきていない可能性かあった。そこて、ハソコンのロクオフ記録を調査したところ、自己申告による終業時刻と ロクオフ時間との間に大きな相違か認められ、かつ、その相違について合理的な説明もなされなかった。この点は、同 社の他の事業場においても同様の状況となっていた』
電気通信工事の会社で起こった事例で、自己申告で時間を管理していたようです。
時間の管理はタイムカードで行っている会社は多いですが、必ずしもタイムカードでなければいけないわけではなく、この会社のように自己申告で管理しても法律に違反するわけではありません。
だから、自己申告で時間を管理することそのものは構いません。ただし、正確に記録されている必要があります。
電気通信の工事というと、光ファイバーケーブルを顧客の家や事業所へ引き込む工事の仕事か、電線のメンテナンス、携帯電話の基地局整備とか、そういう類の仕事でしょうか。
自己申告で時間を管理していたとなると、直行直帰タイプの就労形態で、事務所などには行かずに現場へ直接行って仕事をする。そんな仕事なのかもしれませんね。
この会社では、警備記録があるようで、おそらく従業員が出入りする場所に警備員の人がいて、そこで入場と退場の時間を管理していたのかもしれません。
大きな会社に行くと、会社の入り口に守衛所みたいな場所があって、そこで用件を伝えて、名札を着用し中に入っていく。不審者が入ってこないように、そういうセキュリティを設けている会社がありますよね。
「入場と退場の記録」と「始業と終業の記録」との間に大きなズレがあると、そのズレの時間に仕事をしていたんじゃないかと疑われます。
例えば、入場時間が7:45で、始業時刻が8:50だと、7:45から8:50までの時間は何をしていたのか疑問の余地があります。着替える時間が15分ぐらい発生していると考えても、約50分の時間については説明ができません。
始業時間が8:50ならば、早くても8:25ぐらいに入場するのが普通で、7:45に入場していると、「始業時間前に仕事をしているんじゃないか」そう疑われるはずです。
退場と終業の場合も同様です。
例えば、終業時間が16:30で、退場時間が19:10だとしたら、ヘンですよね。16:30に仕事が終わって、着替えて退場するとしても、17:00頃には退場しているはずです。しかし、実際の退場時間は19:10となっている。
じゃあ、17:00頃から19:10までは何をしていたのか。そう疑われます。
さらに事例1では、パソコンのログオフ時間も調べて、自己申告の時間、警備で記録される時間と合わせて、労働時間が正しいかどうかを検証しています。
パソコンには、電源をオンにしてからオフにするまでの記録が残るようになっていて、時間も一緒に記録されます。普段パソコンを使っていると、ログオンやログオフは意識しないのですが、見えないところで色々な痕跡が残るのがITツールです。
自己申告の時間。
警備で記録される時間。
パソコンのログオフ時間。
この3つの時間をそれぞれ合わせて、自己申告で記録された時間に不自然さがないかどうかを労働基準監督署は調べているんですね。
道具が残業代の不払いを防ぐわけじゃない。
労働基準監督署に指導されて、この会社では、自己申告による記録をヤメて、ICカードによる記録に変えたようです。
自己申告ではなくICカードで労働時間を記録しているというと、さも正確に時間が記録されるだろうというイメージを抱きがちですが、油断は禁物です。
ICカードによる時間記録であっても、始業時間前に仕事をしてから始業記録はできるし、終業記録をした後に仕事を続けることもできる。
つまり、どんな道具を使って労働時間を記録するかどうかは、残業の不払いを防げるかどうかの決定打にはならないのです。
優れた道具を使っても、正しく使えば良い効果を得られますが、正しくない方法で使えば本来の効果を発揮しません。
自己申告による時間管理であっても、正確に時間が記録されていれば問題はないです。しかし、自己申告による管理だと、「ちょっとぐらい変えちゃってもいいだろう」、「どうせ分かんないだろうから、実際よりも遅い始業時間を書いちゃえ」などと、ゴマかす気持ちになってしまいます。
普段は人の物を盗むことはしない人でも、他人のサイフが目の前にポンと落ちていて、誰も見ていないとネコババしちゃう。そういう状況に似ています。
不正をしようという気持ちにさせにくいという点では、自己申告ではなくICカードで時間を管理するのは有効ですね。
指静脈認証システムを使っても賃金不払い残業が発生する。
監督指導による賃金不払残業の是正結果(平成24年度)
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/chingin-c.html
参考1)賃金不払残業(サービス残業)の解消のための取組事例集
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/dl/chingin-c_05.pdf
先程は、上記の事例1を題材にしましたが、今回は事例2を使います。
(残業代が不払いになった状況)
会社は、労働者本人の自己申告および上司の現認に基づいて、就業時間管理表に始業・終業時刻を記載する手法により労働時間を管理するほか、指静脈認証システムにより建物への入出時間の把握を行っていたが、両者の間に大きな相違が認められた。会社は終業後に労働者が「自己研鑽」を行っているためと説明したが、その実態は把握していないとする一方、中には労働時間として扱うべき時間も含まれていることが認められた。
自己申告で時間を管理する点は同じで、上司が現認してチェックする仕組みになっているようですが、これも正しくない時間が記録されやすい方法です。
本人が正しい時間を書こうとしても、上司が「おい、木島。19:57じゃあダメだ。18:57って書かないと」のように上司から時間を修正するように言われる場面が想像できます。
さらにこの会社では、指静脈認証システムを使って、建物への入出の時間を記録していたようです。
入出時間というのは、始業・終業の時間とは違うもので、職場への出入りをする際の時間が入出の時間、始業・終業は仕事の始まりと終わりの時間です。
つまり、会社へ入場した記録、始業記録、終業記録、会社から退場の記録、計4つの時刻を記録していたということです。
入出記録と始業終業の記録、この両者に相違があったということなので、おそらく、入場時間から始業時間まで間が開いていたとか、終業時間から退場時間までの時間が開いていたか。このどちらかだと思います。
例えば、入場時間が7:30で、始業時間が8:55だとすると、ずいぶんと両者の間には時間がありますから、この時間に仕事をしていたんじゃないか調べるはず。
また、終業時間が17:52だとして、退場時間が19:27だとすれば、この場合も両者の間に時間がありますから、この時間に仕事をしていたんじゃないかと想像できるわけです。
入出時間は指静脈認証システムを使って記録されていたようなので、この時間はおそらく正しい時間なのかもしれませんね。
ただ、自己申告と上司の現認で記録されていた時間と合わせると、気になる部分があったのかもしれません。
道具が時間の正しさを保証するわけではない。
上でも同じことを書いたのですが、指静脈認証システムのようなシッカリした道具を使っていても、賃金不払いの残業は発生します。
指静脈認証システムを使っている、始業と終業の時間は上司がチェックしている、だから正確に時間は記録されている。そう思うところですが、人が作った仕組みには往々にして穴があり、労働時間の管理はどうしても人為的な操作が入りやすい部分です。
何らかのシステムを使っていても、始業前に始業時間を記録したり、終業後に終業時間を記録したりできるとなると、せっかくのシステムも本来の効果を発揮しないでしょう。
この会社の場合は、指静脈認証システムからの情報があったため、記録された始業終業時間とシステムによる入出時間を突合して不備を発見できています。
もし、自己申告と上司の現認による記録だけだったら、問題を発見できたかどうか。社員からヒアリングして正しい記録を出すこともできるでしょうが、作業は難しくなるでしょうね。
始業と終業の時間は記録しているけれども、入出時間までは記録していない会社もありますから、上記のような困難に遭遇する会社もあるのではないかと思います。
この会社では、パソコンの使用記録も確認できるようにして、指静脈認証システムによる記録と合わせて時間を把握するように変更したようです。
法律では、労働時間と仕事の成果を結びつけているため、時間と仕事の成果が連動しない仕事をしている人には不満を感じるところですが、現状では仕事には時間の管理が必要です。
3回連続で労働時間を自己申告している事例。
監督指導による賃金不払残業の是正結果(平成24年度)
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/chingin-c.html
参考1)賃金不払残業(サービス残業)の解消のための取組事例集
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/dl/chingin-c_05.pdf
上では、上記の事例2を題材にしましたが、今回は事例3を使います。
今回の事例は、
『長時間労働及び賃金不払残業に係る具体的な相談があったことを契機として、監督署が夜間の内定調査を行い、あらかじめ時間外労働を行っている労働者がいることを確認した上で臨検監督を実施した。その際、労働者の自己申告に基づき残業管理簿に記載されていた時間外労働時間数と、監督署が内定調査で把握した時間外労働時間数との間に大きな相違が認められた』
という内容です。
今まで採り上げた事例にも共通していますが、自己申告で時間を管理しています。
「残業代の未払い = 自己申告で時間管理」このように結びつけてもいいぐらい、自己申告で勤務時間を管理している会社が残業代を不払いにしているという印象を持ちかねない。
ウェブサイトで紹介されている事例は4つだけですから、他の会社も同様とは一概に言えませんが、自己申告で勤務時間を管理していると、どうしても「ちょっとぐらい修正してもいいんじゃないか」、「本来の始業時間はもっと早いんだけれども、9:55と書いちゃえ」そんな気持ちになってしまうものです。
自分で時間を変えられるとなると、軽い気持ちで変えちゃう。自己申告による管理だと、人の気持が入り込みやすくて、結果として正確な時間が記録されない状態になってしまうのかもしれません。
ただ、勤務時間を自己申告で管理することそのものはいいんです。チャンと正確に時間が記録されていれば。
しかし、自分の手で時間を記録できるとなると、恣意的な判断が入りやすくなり、正確に時間を記録したくても、何らかの障害が生じて、できない状況になってしまいやすい。
だから、自己申告以外の方法で勤務時間を管理する方が望ましいとされているわけです。
もちろん、簡素な方法で勤務時間を管理しているところであっても、正確に時間を管理できているところもあるでしょうから、一概に「自己申告による管理だから不適切」とは言い切れません。
事例3の業種は商業で、企業規模は約400人。商業ですから、卸売りの仕事か小売、あとは飲食店の可能性もあります。
400人の社員がいる会社ですから、1店舗だけで商売をやっているとは考えにくいので、小売ならばショッピングセンターやスーパー、衣類をチェーン展開して販売しているお店かもしれません。もし、飲食業ならば、こちらもチェーン展開しているお店かもしれません。
余計なことですけれども、事例3の賃金不払残業の状況に書かれている内定調査は、内定調査ではなくて、「内偵調査」でしょうね。内定を調べても労働時間のことは分からないでしょうから。おそらく、厚生労働省でこのファイルを作成した人のミスタイプでしょう。時間が経てばコッソリ差し替えられるはずです。
残業管理簿を廃止してICレコーダーを導入。
勤務時間を記録する方法は色々あって、タイムカードが代表的ですが、他にも先ほどのような自己申告による管理がありますし、ノートに始業時間と終業時間を記入する方法、出勤簿を作って記入する方法、磁気カードやICカードを使って管理する方法などがあります。
珍しいのは、時間が記録された紙をレジから出力して管理するお店がありました。
私が高校生の頃にバイトをしていた居酒屋で、そこではタイムカードではなく、お会計のときに使うレジで時間を管理していました。
具体的には、従業員ごとに付番された番号をレジに入力し、点検キーのようなものを押して、レシートと同じ紙を出力する。出てきた紙には、従業員ごとの番号と日時が印字されていて、それを伝票を刺す千枚通しに刺しておく。これで打刻完了でした。
この方法だと、打刻機は要らないし、タイムカードを毎月用意する必要もない。時間を記録する方法としては意外なものでしたが、こういう方法もあるのだなと高校生の頃に思いました。
話を戻すと、自己申告よりはICカードの方が時間を記録する方法としては望ましいです。
繰り返しですが、道具だけで残業代の未払いを防げるわけではなく、ICレコーダーで時間を管理しているというと、「キッチリしている」というイメージを抱きがちですが、あくまでレコーダーを正しく使っているという前提です。
始業前に仕事を始めたり、終業時間を記録した後も仕事を続けたり。こういうことが起こると、ICカードでも残業を把握できなくなります。
チャンと使ってこそ道具は役に立ちます。
時間は正確だったのか。それとも不正確だったのか。どっちだ?
監督指導による賃金不払残業の是正結果(平成24年度)
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/chingin-c.html
(参考1)賃金不払残業(サービス残業)の解消のための取組事例集
http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/dl/chingin-c_05.pdf
今回は事例4を使います。
今回の事例は、
"会社は、始業・終業時刻をタイムカードにより把握していたが、所定終業時刻以降の時間外労働に対する割増賃金を全く支払っていなかった。会社は、割増賃金を支払わないことが以前から慣行化しており、賃金不払残業となっていたことを認めた。"
という内容です。
タイムカードを使っていて残業代の未払いが発生している事例ですが、解釈が2通りあります。
まず1通り目の解釈。
始業と終業の時間はキチンとタイムカードで記録していて、その記録に間違いはなかった。また、その記録から残業をしていることも分かる状態だった。しかし、割増賃金を支払っていなかった。
つまり、勤務記録は間違いないけれども、割増賃金を払っていなかったという解釈です。
次に、2通り目の解釈。
始業と終業の時間はタイムカードで記録していたけれども、終業の時間は実際よりも短く記録されていた。
例えば、19:02で終業打刻されているけれども、実際の終業時間は20:27というような状況です。タイムカードでは、19:02で仕事が終っているように見えるけれども、実際は記録に現れていない勤務時間がある。
つまり、正しい勤務記録であるように装って、実際の終業時間はもっと遅い時間だったという解釈です。
事例を素直に読めば、おそらく1通り目の解釈が妥当なのではないかと思います。
記録された時間に間違いはないけれども、割増賃金を払っていなかった。こう考えて良さそうです。
具体的に想像すると、10:00 - 19:00の勤務シフト(休憩は1時間と仮定)で、実際の勤務時間は9:57 - 20:27だったとして、19:01から20:27までの割増賃金を払っていなかった。ちなみに、タイムカードの記録は、始業時間は9:57で、終業時間は20:27と印字されていて、正確だった。
事例の詳細は書かれていないので分かりませんが、上記の想定とそれほど相違はなさそうです。
事例3と事例4は手抜き?
この事例も、事例1から事例3までと同様に、ちゃんとした道具(今回の場合はタイムカード)を使っていても、残業代のトラブルは起こるということ。
始業打刻をする前に仕事を始めたり、終業打刻の後も仕事を続けたりすれば、タイムカードでは分からない勤務時間が発生します。
余談ですが、(参考1)賃金不払残業(サービス残業)の解消のための取組事例集(http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/dl/chingin-c_05.pdf)に掲載された事例を見ていると、事例1と2はそれなりに書かれているのですが、事例3と4は簡素にしか書かれていません。
事例4に至っては、「残業申請とパソコンの稼働時間を連動させ、申請外の残業を防止
」と対策案が書かれているのに、パソコンの稼働時間を連動させる部分について事例4の本文では言及がない。
パソコンの稼働時間を連動させるというのはどういう内容なのか。ログオンとログオフの時間と残業申請を連動させるという内容のか、それとも別の内容なのか。どうも分かりません。
この事例集のファイルを作った人は、事例1と2はちゃんと書いていたけれども、3と4になると面倒くさくなって簡単な内容で済ませたのかもと想像してしまいます。
そんなにマジメに読む人もいないだろうと思ってファイルを作成したのかもしれませんね。
内偵調査ではなく「内定調査」と書くぐらいですから。
こちらにも興味がありませんか?