罰金を払う。手当を貰う。ヤル気が出るのはどっち?

 

引越し作業中に事故を起こすと、その賠償金が従業員に請求される。このような仕組みで給与を天引きされ、支給される給与がなくなったという話。


アートコーポレーション元従業員、引越事故賠償金で11万円以上天引き……給与明細はマイナスに アート側は「問題ない」

給与月額が158,190円。労働時間が230.75時間だと、1時間あたり約685円で最低賃金よりも低い。

さらに、本給が約5万円で、残業手当が約10万円という歪な構造も気になるところ。



 

小銭をケチって大金を失う


運んでいるときに物を落として壊す。壁に運搬物を当てて穴が開く。引っ越し作業での事故としてはありがちなものです。

本来だと業者側が弁償するのでしょうが、ここを本人責任にしているのが今回の事例です。

公開されている情報が限定的なので、全貌は分かりませんが、人を雇って商売をしていると、利益を得るのは会社側、つまり使用者であるため、仕事中に起こったトラブルや事故の責任もまずは使用者側に回ってきます

洗い物をしていて、ガラスコップを落として割ったとか、掃除中に備品を倒して壊してしまったとか、仕事中には色々なものが壊れます。

私も学生の頃は、グラスやお皿を割りましたけれども、「このお皿は900円だから、給与から引いとくぞ」とは言われたことが無いです。

お皿投げ大会を実施して、わざとパリン、パリンと割っていけば、それは本人の責任もあるでしょうが、仕事中に不注意で割った、壊したとなると、それは使用者側で負担するものです。

物を壊すときは不注意が主な理由ですから、過失があるかどうかで判断されれば、ほぼ全て過失ありと判定されます。さらに、客観的に過失を判定するのは困難でしょうし、そういう判定作業のために人や時間を使うのは不毛です。

過失がない場面というと、お客さん側に責任がある場合、トラックでの運搬中に物が壊れた場合、搬出重機が故障して運搬物が壊れた場合などが想定されます。

自分に過失があれば賠償させられるとなれば、何とかしてペナルティを回避するために人は責任逃れします。ペナルティは他者に責任をなすりつけるきっかけを与えてしまうのですね。

悪い報告をすると怒られる。だから悪い情報を上に伝えずに、良い情報だけを伝える。こうなると、知りたい情報が伝わって来ず困ってしまいます。事故の損失を本人が賠償させられるのはこれと同じです。


僅か数万円で、払う払わないとスッタモンダし、やれブラック企業だ、酷い会社だと言われることを考えれば、業務中の事故は会社負担と決めてしまったほうが金銭的にも信用面でも得です。

労務管理では、小銭をケチるとろくなことがありません。業務中の事故を賠償させるのもそうですが、1分単位で残業代を払わないとか、そもそも残業代を払わないなど、ちょっとした費用をケチって、後から訴訟を起こされたり、人が辞めたり、ネットで叩かれたり。

1万円を捨てて千円を拾うのではなく、千円を捨てて1万円を拾うような労務管理をするのが賢明です。商売は差し引きでプラスになれば良しとするのが賢い判断です。

 

 

罰を与えるよりも、ご褒美をあげる


罰金やペナルティでもって、何らかの行動を抑止する。この方法が効果的な場面があれば、一方で、効果的ではない場面もあります。

例えば、交通違反。法定速度を上回ってクルマやバイクを気分良く走らせていると、パトカーが後ろからサイレンを鳴らして追跡してきますよね(経験者だから分かります)。停められたあと、パトカーの中に入って切符処理をして、違反点数、違反金の額を伝えられます。

交通ルールというのは、運転する人に対して、法律に違反するような運転をすると、違反金などのペナルティを課します。このペナルティによって、運転者は「事故を起こさないようにしよう」、「お酒を飲んで運転しないようにしよう」と行動を改めます。

ただ、違反金を取られて嬉しいと感じる人はいないはず。「くそ〜、やられたな。あー、勿体無い」と感じる人が多数でしょう。

罰を理由に行動を改める。確かにそういうインセンティブの与え方もありますが、人間の感情に対する効果は良いものではありません。


会社でも、例えば、掃除当番をサボったら500円の罰金、ロッカー掃除をやらなかったら300円の罰金。金額は小さいですけれども、罰金を取られる側としては嫌なものです。

罰金によるインセンティブは交通違反の違反金と同じで、人に対して良い感情を与えないのです。

掃除の罰金を集めた後、半年に1回実施する飲み会の費用にそのお金を全て充当するという形で還元すれば、必ずしも悪いものではありません。しかし、罰金以外の方法で掃除をしてもらう方が有意義です。



1.罰があるから事故を起こさないようにしよう。
2.手当を貰えるから事故を起こさないようにしよう。

どちらが嬉しいと感じるか。

目的は同じです。違うのは目的を達成するための手段。前者は、罰を手段として事故を起こさないようにさせています。後者は、手当を手段として事故を起こさないようにさせています。

1.事故を起こせば、5,000円の罰金が取られる。
2.事故を起こさなければ、5,000円の手当が貰える。

どちらが嬉しいかと聞かれれば、嬉しいのは後者です。狙っている効果は同じですが、人の感情として受け入れやすいのは後者でしょう。


引越しで事故を起こすと賠償しなければいけなくなるというと、仕事にヤル気は出ないものです。プレッシャーや緊張感はありますけれども、良い意味でのものではなく、負のエネルギーで圧迫されている状況で仕事をするようなものです。

何かをやって手当が貰えるとか、ポイントが付くとか、そういうプラスのインセンティブを付けたほうがヤル気が出ます

引越し業務ならば、無事故手当や無事故報奨金のようなものを用意すると良いでしょうね。事故を起こしたときに賠償させるのではなく、例えば、半年間、事故を起こさずに仕事をやり遂げた場合には3万円の無事故手当が出る。

無事故だと手当が貰えるのですから、「よし。事故を起こさずに仕事をするぞ」という前向きな気持ちになれます。

「じゃあ、事故が起こってしまったらどうするの?」と思うところですが、その場合は保険で対処するのが妥当です。「業務遂行賠償責任保険」という保険がありますから、これに加入すれば、業務中に対人事故や対物事故が起これば補償してもらえます。

保険に加入しておけば、従業員に賠償請求する手間はかかりませんし、僅か数万円、数十万円の係争金額で訴訟になることも避けられます。SNSに給与明細の画像をアップされて炎上するなんてこともなくなるでしょう。

事故は保険で対応できるので、マイナスの出来事は評価しません。一方で、事故を起こさずに半年間過ごした人には無事故のご褒美が3万円出る。

従業員の立場では、リスクがほぼゼロでリターンを得られるわけですから、これは嬉しい話です。

こういう会社ならば、良い意味でSNSで話題になるでしょうね。「ほ〜、事故を起こさずに引越し作業を半年続けたら3万円貰えるのか」、「ということは、年間で事故ゼロならば6万円だ」、「そりゃあ、いいね!」とプラスの方向でバスられる。会社に対するイメージがアップしますし、人材も集まりやすくなるでしょうし、お客さんからの印象も良くなると期待できます。

物を壊したら、「あぁ〜、壊しちゃったね〜。ということで、壊した分もこれから働いて稼いでね」と言う。給与から引くのではなく、さらに稼いでもらって(会社に利益をもたらしてもらう)、それを実質的な弁償と捉える。損失をカバーするだけのリターンをもたらしてくれればそれでいい。まさに、千円を捨てて1万円を拾うような判断です。


労務管理には、法律や規則、契約といった厳格なルールがあります。しかし、現場では人と人が接しながら仕事を進めますから、人の感情をいかに扱うかがキモになります。

働く人に恐怖やプレッシャーを与えて仕事をしてもらうのか。ワクワク、ニコニコしながら働いてもらうのか。

目的は1つでも、それを達成するための手段は1つとは限りません。

 

 

 

山口正博 社会保険労務士事務所
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