book875(残業に月45時間の限度時間を告示した意味は何だったのか)

 


残業時間の上限はすでに存在する。


2017年1月27日時点で開催されている衆議院予算委員会にて、1ヶ月あたりの残業時間の上限を月80時間にするように制度を変更するとのこと。

この変更は、昨今の情勢を踏まえて、長時間労働を抑制するような流れが出てきたのがきっかけ。


予算委員会では、現状では残業時間に上限が無いかのように説明されているが、時間外労働の限度に関する基準はすでに存在します。つまり、「ここまでは残業してもいいけど、これ以上はダメですよ」という基準はすでにあるのです。

http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/kantoku/dl/040324-4.pdf
時間外労働の限度に関する基準

平成10年に労働省(中央省庁が再編され、厚生労働省になったのは平成13年)の告示で示されたこの基準に、残業時間の上限について書かれています。


http://wwwhourei.mhlw.go.jp/hourei/index.html
厚生労働省法令等データベースサービス

データベースサービスからも閲覧でき、法令検索の第5編 労働基準 第1章 労働基準の項目から見れます。

http://wwwhourei.mhlw.go.jp/cgi-bin/t_docframe.cgi?MODE=hourei&DMODE=CONTENTS&SMODE=NORMAL&KEYWORD=&EFSNO=906
労働基準法第三十六条第一項の協定で定める労働時間の延長の限度等に関する基準



この基準に従うと、残業の時間は1ヶ月45時間までとなっています。


もし、残業の時間数に上限を設定するならば、平成10年の告示を踏襲し、月45時間までにするのが妥当です。

しかし、2017年1月時点で議論されているのは、月80時間を上限にするかどうかという点です。



上記の限度時間は、「告示」という形式で示された基準であって、法律ではありません。告示とは、公的な機関、今回だと厚生労働省(昔は労働省)ですが、そういう機関が広く一般に事項を伝える手段です。この告示は国会の議決を必要とせず、省庁の判断で出せるものです。

法律ではないため、従わなくても罰則はありません。しかし、現場ではさも法律のような基準として扱われるのが悩ましいところです。

ちなみに、告示と似たものに「公示」がありますが、こちらは公的機関だけでなく個人でも出せるものです。


社会保険の加入基準でも、パートタイマーが社会保険に加入する際の根拠となっていた、いわゆる「3/4 基準」も同様です。こちらは「内簡」という手段で伝えられていた基準ですが、これも法律ではありません。しかし、3/4基準は労務管理の現場でも頻繁に使われ、判断の拠り所になっていました。

2016年の10月以降は、パートタイマーが社会保険に加入する基準が以前よりもハッキリとして、「おおむね3/4」といった曖昧な基準は使われなくなってきました。



他には、判例、通達、省令、政令など、国会の議決を通った法律とは違うものの、法律に準じた扱いを受けているものが多々あります。

特に判例は、法律の条文と同等ぐらい実務では重視されており、何か法的な問題が生じると、まずは似た問題での判例を探すのが当たり前になっています。


労働保険や社会保険の審査請求では、判断するための根拠として判例や通達、告示が扱われることもあります。

 

 


時間を基準にしない働き方に対応できない労働基準法。


月80時間を上限にしてしまうと、今までの限度時間であった月45時間は何だったのかと思えてきます。

「公示」だから、参考程度のものであって、基準として守るほどのものではなかったとも考えられますが、平成10年から平成29年まで存在してきた基準なのですから、月80時間ではなく45時間に上限を設定するのが流れとしては納得しやすいと感じます。

割増賃金に関しても、残業時間が月60時間以上になると、割増賃金率は25%から50%に上がります(平成31年3月まで中小企業は猶予されています)。このルールも、限度時間である月45時間を超えることを想定しているものです。

一体、平成10年の告示で示された時間外労働の限度時間は何だったのか。守らなくても構わないならばなぜ告示を出したのか。2017年1月の衆議院予算委員会でも、告示による残業時間の限度があることには言及されず、「現状では残業時間に上限がない」と言われてしまっている状況です。



月45時間は短いのではと思う人もいるかもしれませんが、1ヶ月の勤務日数を21日とすると、1日あたり2時間は残業できる計算になりますから、トータルで1日10時間労働が可能です。

さらに、日によって1日14時間とか1日6時間とか、変動させたい場合は変形労働時間制度がありますから、時間配分の組み換えも可能です。



もし、月80時間まで残業が可能となると、1日あたりだと12時間ほど勤務が可能ですので、「長時間労働を減らす:という目的には適わないでしょう。1日12時間勤務(あくまで上限枠いっぱいまで使った場合ですが)で長時間労働ではないと言うのは不自然ですからね。



労働基準法は昭和22年に制定された法律です。1947年というと、吉田茂が内閣総理大臣で、GHQが日本に駐留していた頃です。

工場労働のような働き方をベースにして作られた法律ですから、今のようなホワイトカラーの働き方は想定していません。

1時間でおはぎを300個作れる。
1時間でサンマを360匹、加工できる。
1時間でクリスマスケーキを15個作れる。

このように、時間数と生産量が比例している仕事ならば労働基準法が合います。


炭鉱労働、工場でのライン作業、紡績工場での仕事など、昔は時間と生産が比例している仕事が主で、時間を基準にして労務管理をするのが合理的でした。

しかし、今では、時間と生産が必ずしも連動しておらず、多量に時間を投入したからといって生産量が劇的に増える傾向はありませんし、少ない時間数で大きな報酬を得られるような仕事もあります。

作曲、作詞、企画、経営、開発、接客など、時間数と生産量が比例しない仕事は多く、1時間あたりで労働を評価する方法では実態に合わないようになってきました。

例えば、飲食店では、常に一定のお客さんが来るわけではありません。忙しいラッシュタイムがあれば、お客さんがほとんどいないアイドルタイムもある。

単純に12時間労働と6時間労働を比較すると、前者の方が大変そうな感覚を持ってしまいますが、仕事の密度を考慮すれば、必ずしも前者が大変だとも言い切れないのです。

ときに軽やかに談笑しながら、コーヒを飲み、ミーティングをしている人たち(この人たちは12時間労働だとしましょう)。一方、休憩時間以外は休みなく手と足を動かし続けて働いている人たち(この人たちは6時間労働だとしましょう)。これでも12時間労働の方が大変で、6時間労働はラクだと言えるかどうか。

労働時間はあくまで時間であって、仕事の中身や密度までは分かりません。ラクな12時間労働があれば、シンドイ6時間労働もあります。


こういうあてにならない労働時間を基準にするのが労働基準法なのですから、不満を持つ人がいるのも分かります。



時間でウソをつくのは学生の頃もありましたね。中間テストや期末テストが近づくと、各自が勉強時間を報告する場面があり、自己申告で3時間とか5時間と言うわけですが、その3時間なり5時間、本当にテスト勉強をしていたのかは分かりません。

マンガを延々と3時間読んでいても、ゲームを5時間していても、他の人は分かりません。時間数だけの自己申告で、勉強の内容や密度は申告しないものですから、言ったもん勝ちです。


残業代ゼロ制度などと揶揄されていますが、特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)は、時間をベースにしない働き方をする人にとっては必要不可欠なものです。10年ほど前にホワイトカラー・エグゼンプションという名称で似たような制度が作られそうになりましたが、世論の反対で潰された経緯があります。


まずは、月45時間まで残業が許された範囲内で働く人たち。さらに、残業が45時間を超える、時間を基準にして働かない人たちの場合は高度プロフェッショナル制度を適用していく。この二段構えでフィルタリングし、時間ベースで働く人と成果ベースで働く人を棲み分けないと、ずっと同じ話が続きます。

 

 

山口正博 社会保険労務士事務所
大阪府大東市灰塚6-3-24
E-mail : mail@ymsro.com

© 社会保険労務士 山口正博事務所