book571(企業年金の資産が消失する。)





■責任のなすり合い。


2012年の2月頃、AIJ投資顧問に企業年金の資産の管理を委託していたが、実際には運用損が発生していて、説明していたよりも運用実績は良くなかった点についてニュースになりました。

金融商品で運用していて、損が発生すると、金融機関と投資家でイザコザが起こるのは企業年金だけではない。元本割れしないと言っていたいわゆる「仕組み預金」で、実際には元本割れしてしまったので、金融機関にクレームを言う預金者。金融機関の窓口で勧められた投資信託を購入したところ、想定していたよりも損失が発生したので「話が違うじゃないか」と金融機関に文句を言う人。

一方で、金融機関の立場では、投資家が自分の判断で資金を投じたのだから、こちらには責任がないと反論する。

金融商品で損失が発生すると、金融機関と投資家や顧客との間で「あっちが悪い」とお互いに責任のなすり合いが始まる。

これと同じことが企業年金でも起こった。それがAIJの問題のように思います。







■運用のプロがいれば、、、回避できたか?


投資顧問が実際の運用実態を企業側に伝えず、事実を隠していたので、悪いのは一方的にAIJ投資顧問であるかのように言われています。

確かに、事実を隠してさも運用状況が良好であるかのように装っているならば、それは非難されるかもしれない。


しかし、資金を運用する側と資金を提供する側には常に情報の非対称性が発生する。

例えば、企業の経営者と株主の間には、持っている情報の質や量に違いがある。経営者は株主にとって都合の悪い事実はなるべく隠そうとするので、株主は投資先に経営上の瑕疵があっても経営者よりも発見しにくい。経営者と株主が同一ならば、情報にズレは生じないでしょうが、経営者と株主が別々だとお互いに同じ情報を共有するのは難しい。

金融機関と個人投資家の間でも同じです。あまり魅力的ではない金融商品でも、説明の仕方が上手であれば投資家に販売できるでしょう。自分たちならば買わないような金融商品でも、個人投資家にならば売る。金融機関と個人投資家では、持っている情報の質や量に違いがあるので、投資家によって聞こえのいい情報ほど耳に入ってきて、都合の悪い情報は伝えられない。

厚生年金基金とその資金を運用する投資顧問の関係も、経営者と株主、金融機関と個人投資家、これらと同じようなものです。それゆえ、投資顧問が知っていることでも、基金側は知らないこともある。基金にとって都合の悪い情報をなるべく伝えないように投資顧問は行動する。もし伝えれば、資金の委託を解除されてしまい、委託報酬や運用報酬を得られなくなるので、運用状況がよろしくないなどの情報はなるべく伝えないようにするはず。

つまり、プロと素人が接触する場面で情報の非対称性が発生するのですね。

厚生年金基金は社員全員の資金をまとめているため、社員は自主的に逃げられない。企業が厚生年金基金によって企業年金を運営しているとなると、望むと望まざるを問わず、その企業に勤めている人は半ば自動的に厚生年金基金に加入する。それゆえ、もし何らかのトラブルがあれば、社員全員に影響が及び、個人で何とかしようにもどうしようもない。これは、厚生年金基金に限らず、確定給付型の企業年金に共通する点です。

厚生年金基金は企業の責任で企業年金を用意する仕組みで、もし運用状況がよろしくなく積み立てているべき必要な資金が運用損によって不足すれば、その不足した資金は企業が追加で用意しないといけない。つまり、運用で穴が開いたら、その欠けた分に対して企業は追加で掛け金を投入しないといけないわけです。なぜならば、厚生年金基金は確定給付型の企業年金だからです。給付を一定に保つために、資金が足りなくなったら、その足りない部分は資金を追加で用意する必要がある。

このように給付を保証するのが確定給付タイプの企業年金で、厚生年金基金もこのタイプです。それゆえ、運用先で運用損が発生すれば、それは企業の責任になってしまう。だから、運用の実態を隠されてしまうと、企業は困ってしまうのですね。


「もし、資金運用のプロが基金側にいていれば、今回の問題は回避できたのでは」とテレビで言われたり、新聞で書かれたりしますが、情報を隠されてしまったらプロでも対処は難しいと思います。

「プロがいれば、、、」、「詳しい人がいれば、、、」と後から言うのは難しくないのですが、実際にプロやその道に詳しい人がいても同じような状況に至ったのではないでしょうか。

会計だと、企業が決算を粉飾する問題は、チラホラと起こります。上場企業が財務情報を都合のいいように組み替えて、さも経営状態が良好であるように装う。粉飾といっても目的や手段は様々ですが、全く粉飾がなくなるということはなく、定期的にニュースや新聞でこの手の問題は採り上げられています。

上場企業の決算は会計士がチェックしています。監査をして、キチンとチェックしましたとの証明も付ける。つまり、会社の財務情報をプロである会計士がチェックしている。じゃあ、なぜプロがチェックしているのに、決算の粉飾が起こるのか。

「プロがいれば、、、」と言いますが、プロがいるから問題が起きないとは限らない。


他者に自分達のオカネを渡して運用してもらうと、損をしても運用している組織は責任を取れない(損失の補填はたしか金融商品取引法違反だったはず)ので、人任せにした責任は自分たちで取らないといけないのです。

厚生年金基金の資金運用はおそらく投資信託と同じなのではないでしょうか。資金を出して、「ファンドマネージャーがちゃんと運用してくれるだろう」と希望的に観測して、ホッタラカシ。厚生年金基金では投資資金をどこにどれだけ配分するかについては考えるけれども、資金がマトモに運用されているかどうかまではチェックできないのではないか。運用報告書を見ればいいとも思えるけれども、運用報告書なんてキチンと読んでいるのでしょうか。何か小難しいことがゴチャゴチャと書かれていて、読んでいても全然面白くない書面ですから、「まあ、損してなければいいかな」と思う程度なのでは。


どうしても企業年金制度を運用したいならば、確定給付タイプではなく、確定拠出タイプが妥当だろうと思います。

確定給付タイプの企業年金は、給付される段階にならないとどうなるか分からない。さらに、給付を受け始めても、あとから給付を減額する可能性もある。常に、危険に晒された状態なのです。

最近だと。日本航空の企業年金が話題として新しい。企業を再生するならば、企業年金も削減するべきという話題がありましたね。さらには、原発事故で頻繁にニュースに登場する東京電力の企業年金も確定給付タイプのものです。

「確定給付型の企業年金ならば、給付が保証されているから大丈夫」と思うのも、企業が盤石であるという前提があってこそです。会社がなくなれば退職金や企業年金は無くなる可能性がありますし、日本航空のように実際に受給しているときに減額されることもあり得る。

給付が確定しているから安心なのではなく、在職中も、企業年金を受け取る段階になっても、常に減額や消滅の危険が伴うのが確定給付型の企業年金なのです。

一方で、確定拠出年金は、自分で管理する企業年金です。会社の経営状況に影響を受けない企業年金で、会社は掛け金を出す点については義務がありますが、給付については義務を負わない。いわば自己責任の企業年金です。

自己責任というと嫌な気分になる人もいらっしゃるかもしれませんが、確定給付タイプの企業年金のように、自分で全くコントロール出来ない企業年金の方がおそらく不都合なはずです。

確定給付タイプと確定拠出タイプ、2つの企業年金を比較すれば、おそらく前者の方が給付額は多くなるかもしれない(ただし、制度の設計によって変わる)。「給付が保証される」と案内されれば、「元本が保証される」ことと同じ内容のように思えてしまいますから、確定給付タイプの企業年金のほうが良さそうに感じてしまうかもしれない。

企業年金は自分のオカネですから、本来は自分で管理する方が自然です。企業にとっても、ずーっと企業年金に責任を負い続けるよりも資金の拠出だけをする方が楽です。

確定拠出タイプの企業年金には、確定拠出年金以外にも、特定退職金共済制度、中小企業退職金共済、建設業退職金共済などがあります。さらには、清酒製造業退職金共済というものもあります。

会社と企業年金を切り離すのは、社員にとっても企業にとっても良い判断のように思います。







山口正博 社会保険労務士事務所
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