book556(掛け捨て年金ならば、現役世代の人は交換条件を出す。)




■高所得者の年金は掛け捨てに。



大阪発で、年金制度を掛け捨てにする政策が提言されています。

所得に応じて年金の受給額を逓減する仕組みなのだと思いますが、それに賛成する立場の人もいれば、そうではない立場の人もいるはず。

支払うオカネがないならば、給付するオカネを減らす。これはごく当たり前の考えです。もしくは、支払うオカネを増やして、給付するオカネを維持する。これもまた妥当な考えではあります。

支払いを増やすか、給付を減らすか。この二者択一が年金問題の焦点なのでしょうね。

今回の掛け捨てという手段は、給付を減らす方策です。所得に応じて年金の給付を減らしていく。つまり、所得と年金が反比例する状態にするわけです。

厚生年金の保険料は毎年上昇を続け、2017年には18.3%で固定する予定です。この点だけを考えると、給付を減らさずに、保険料を一方的に引き上げてきたように思えてしまいますよね。つまり、年金の支給内容を維持して、保険料の引き上げで対処してきたと。

しかし、給付部分に対して何もしなかったわけではなく、在職老齢年金制度による賃金に合わせて年金を調整する仕組み、雇用保険の高年齢雇用継続給付と老齢厚生年金との調整、雇用保険の基本手当(いわゆる失業手当のこと)と厚生年金との調整、主にこの3つの手段でもって年金の受給者への給付も抑制してきました。

さらには、60歳代前半の老齢厚生年金では、定額部分と報酬比例部分の支給開始年齢を生年月日に応じて引き上げており、保険料のみを一方的に引き上げてきたわけではないことが分かります。


年金の掛け捨てをするといっても、どっちの年金を対象にするのか。国民年金かそれとも厚生年金か。それとも両方なのか。

ちなみに、国民年金でも厚生年金でも、老齢年金(老齢基礎年金、老齢厚生年金)を受給するには25年間にわたって制度に加入することが条件として設定されています。つまり、25年未満の場合は支給されない仕組みなのですね。

すでに25年の加入条件を設定しているならば、今現在でも十分に「掛け捨て力」を持った制度と考えてもいいのではないでしょうか。すでに掛け捨ての仕組みは組み込まれているのですね。

もちろん、上記の仕組みは、加入年数を軸にした掛け捨てですから、所得を軸にした掛け捨てとは違いがあります。

もし、所得に応じた掛け捨てを制度として組み込むとすると、25年条件とは別に掛け捨て条件が増えると考えていいのかもしれない。







■任意加入と引き換えに掛け捨てを受け入れる。



高所得者には年金を辞退してもらうのは発想として悪くはありません。ただ、制度として組み込むとなると、ちょっと無理を感じる部分があります。

まず、保険料を強制徴収しておいて掛け捨てにするのはバランスが悪いのではないか。掛け捨てというと、生保商品の死亡保険を想定しますが、生保で販売している死亡保険は強制的に購入する商品ではなく、本人の判断で購入する商品です。つまり、その商品を買うかどうかを選択できる代わりに掛け捨てであると理解できる。

もし、強制加入の年金で掛け捨てとなると、加入者には選択の自由がなく、給付を受ける可能性だけが低下するので、どうしても受け入れにくい提案です。任意ならば掛け捨てでも納得できますが、強制加入で掛け捨てとなると加入者は納得しないのではないかと思います。


また、自らの所得水準から予測すると、将来の時点では年金を受け取れないだろうと判断した場合、年金への加入を拒否する人や保険料の支払いを拒否する人もいるかもしれない。

健康保険では、健康な人がそうでない人を経済的に支えることで成り立っていますが、もし健康ではない人だけが健康保険に加入したら、おそらく健康保険制度の運営はうまくいかないのではないでしょうか。これと同じことが年金でも起こる可能性があります。


年金制度は、純粋な年金ではなく、保険という性質も併せ持った仕組みです。もし純粋な年金制度ならば、国民年金は老齢基礎年金のみ、厚生年金は老齢厚生年金のみをメニューとして用意するはずです。しかし、実際には障害(基礎 or 厚生)年金と遺族(基礎 or 厚生)年金も用意されています。それゆえ、年金制度は、加齢のリスクだけでなく、障害や死亡のリスクにも対処する「総合年金保険」なのですね。

年金とは言い切れないし、保険とも言い切れない。年金と保険を混成したハイブリッドな仕組みが年金制度なのです。

「保険」という性質を重視すれば、掛け捨てを肯定する理由になります。しかし、「年金」という性質を重視すると、掛け捨てを肯定しにくくなる。

障害と死亡の保険部分を分離して健康保険に合流させていれば、年金の部分だけを問題にできたのでしょうが、現実にはそうなっていないのがもどかしいところです。素直に考えれば、障害や死亡は健康保険で一元的に担当するのが分かりやすいのですが、なぜか年金にも役割を分担させているのが不思議ですね。


年金の財源が話題になると、税金で運営するべきという意見が出る。税金で広く資金を集めて、広く浅くみんなで制度を支えて運営していこうという提案です。確かに、保険料のように加入者がピンポイントで負担するよりも、税でもって広く薄く負担を分かち合えば、軽い負担で制度を運営できそうに思えます。それゆえ、税で年金制度を運営する立場は支持を得やすい。

しかし、仮に税金で運営するとしても、「今まで保険料で支払ってきた人をどう精算するのか」、さらに、「今年金を受け取っている人をどう精算するのか」という2つの課題が残ります。

制度の変更は何年もかけて行われるのでしょうが、年金の支払は偶数月に定期的に行われる。2月、4月、6月、8月、10月、12月と隔月でキャッシュが必要になるのですから、エッチラオッチラと税率を引き上げていては間に合わない。

今資金が必要であり、今給付する必要がある。それが年金制度であって、キャッシュフローを遮断して制度を設計する余裕がないのが困りどころです。歯車を止めずに制度を設計しなければいけないのですから、思うほど簡単ではないですね。ウェブサービスを停止せずにメンテナンスする場面を想定していただければいいかもしれない。



「一度、年金をご破算にする必要がある」、「厚生年金制度を廃止する必要がある」という意見もあるけれども、この意見も先ほどの2つの課題が残ります。今まで保険料を支払った人、年金を受け取っている人、この2者をどうするかをセットで話さないと、ご破算も廃止も実現はできない。

まず壊すことを話す人は、いままで保険料を納付してきた人、そして今現在年金を受け取っている人をどうするかを考えないといけない。納付した保険料はどうするか。今受け取っている年金をどうするか。この2点をクリアしないと、廃止や精算はできない。



年金を完全に掛け捨てにして宝くじのようなものにするという案もある。つまり、日本人の平均寿命以降に存命している人に一時金を支払う条件で、長生きした人が当たりを引く制度にして長生き競争を起こすわけです。こうすれば、支給対象者がグッと減るので、掛け金(宝くじと考えると、保険料よりは掛け金の方が自然)を少なく設定できる。

しかし、宝くじ化の効果は、おそらく支給開始年齢の引き上げの効果と同じです。一定年齢以上の人に一時金を給付するわけですから。ただ、給付を続ける年金ではなく一時金でポンと支払うならば、給付を予測しやすく財源への負荷も軽減できそうではあります。

妙手がどうかは分かりませんが、宝くじ化して一時金を支払うのも一考ではあります。



もし、年金を掛け捨てにするならば、現役世代は交換条件として、厚生年金を任意加入の制度にすることを求めてもいいのではないでしょうか。もしくは、25年ではなく、加入年数にかかわらず受給できるようにするのもいい。

必ず支払うならば強制加入でもいいかもしれないが、支払うかわからないならば任意加入でないとバランスがとれない。任意で加入する制度ならば、加入者に選択する自由がありますので、掛け捨ての仕組みがあっても差し支えないでしょうね。

一方的な注文ではなく、加入者への譲歩を示せば、掛け捨て制度も受け入れてもらえるのではないでしょうか。

現役世代も、これぐらいの交渉はしてもいいと思います。



山口正博 社会保険労務士事務所
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