book554(「賞与あり」という募集広告の文言)




■支給されるかどうか分らないけど「賞与あり」という表現を使う。



人材募集のチラシやウェブサイトを見ると、「社保完備」、「賞与あり」、「昇給随時」、「週休2日」というような誘導文言が書かれていることに気づく。労働保険や社会保険にキチンと加入している点は応募者は評価するだろうし、賞与や昇給があるのも魅力的に思える。

ただ、募集情報に書かれていたことが本当かどうかは応募者が自ら確認しないと分からない。社保完備と書かれているけれども、もしかしたら協会けんぽではなく国保かもしれないし、厚生年金ではなく国民年金だけかもしれない。さらには、社会保険だけであって、雇用保険には加入してないのかもしれない。

とはいえ、健康保険と厚生年金に加入しているのに、雇用保険には加入してないというのは不自然ではあります。社会保険に加入する資力があるのですから、雇用保険には当然に加入していると考えるのが普通です。雇用保険には加入しているが、社会保険には入っていないという職場ならば有り得ますが、逆はおそらくほとんど無いのではないでしょうか。

さらには、社会保険に加入していると伝えながら、実際には加入しておらず、保険料だけを集める事業所という可能性もある。つまり、保険料ではなく単に事業所の集金としてお金が集められているような場合です。この場合は、キチンと救済手段がありますので、社員さんはさほど心配されることはないと思います。


「昇給随時」も色々と物議を醸す表現です。まず、随時とはどれくらいの頻度なのか。3ヶ月か、半年か、1年か、それとももっと長い時間を想定しているのか。仮に、随時という部分をクリアできたとしても、本当に昇給するのかどうか。考えだすと、不明な部分が多い表現なのですね。


あとは、「賞与あり」という表現も表面通りに解釈していいかどうかは実際に支給する段階にならないと分からない。支給条件や金額の計算方法をきっちりと決めて賞与を支給しているならばおそらく賞与は支給されるはず。しかし、ルールを設けずに賞与を支給している職場だと、経営者の判断次第で支給されたりされなかったりするかもしれない。支給条件や計算方法を決めてしまうと、賞与が義務化するので、あえてルールを設けずに賞与制度を運用している会社もあるでしょう。

それゆえ、「賞与あり」という表現だけで、「ああ、この会社では賞与が支給されるのだな」と思うのは必ずしも実態に合っているとは限らない。「あり」という表現は、賞与制度があるのか、制度があって支給もした実績があるのか、現金での賞与を支給した実績があるのか、"賞与らしきもの"を支給した実績があるのか、それともそれ以外の意味なのか。単に「あり」という表現だけでは理解出来ない部分もありますよね。

安易に「賞与あり」などと書くと、「賞与ありと募集段階では伝えられたのに、13年間在職したけれども一度として賞与を支給されたことはなかった」と言われることもあるのです。


気軽に、「社保完備」、「賞与あり」、「昇給随時」と書くと、思わぬクレームが発生し、困る時があるかもしれませんね。






■ルールに基づいて支給するか、裁量で支給するか。



賞与を支給するつもりならば、「支給条件」と「計算方法」の2点を決めておく必要があります。この点は退職金と同じです。

ただ、「条件や計算の方法を決めてしまうと、賞与を必ず支払う必要があるんじゃないの?」と思うかもしれませんね。確かに、そう思えますよね。

しかし、支給条件と計算方法を決めただけでは、必ず賞与を支払うとは限りません。支給条件で絞りをかけたり緩めたりできますし、さらに計算方法の段階でも絞りをかけたり緩めることもできる。

賞与の計算期間中に懲戒処分を受けた人は、その期間の賞与を減額するというのもあるでしょうし(ただ、労働基準法91条の減給制裁に接触する可能性を考えないといけないかもしれない)、支給日段階での在籍の有無で分けるのもよくあるパターンです。

例えば、賞与の計算方法が、「賞与計算期間中の在籍日数 + 役職ポイント(特定の役職に一定期間在籍すると付与されるポイントのこと) + 何らかの業績に連動したポイント × 単価 × 支給率」というものだとすると、会社側では単価と支給率をコントロールできますので、結果として出てくる金額を調整できるはずです。支給率を0から1までの数字で設定するようにすれば、ゼロ賞与から満額賞与まで調整ができます。

ゆえに、条件や計算について決めたからといって、直ちに賞与の負担が増えるとは限らないのです。


他方、特にルールを設けずに賞与を支給している会社だと、「賞与あり」という募集文言がトラブルの種になる可能性がある。「賞与あり=賞与が支給される」と判断する人は少なからずいそうなので、会社側と社員側で考えがズレるかもしれない。

就業規則に賞与について書いていない。賞与規定もない。過去に賞与を支給したかどうかを経営者や社内の人に聞くのも気が引ける。そんな環境だと、おそらく賞与は支給されない可能性が高い。

賞与は必ず支給するものとは限らないし、金額や条件も時々によって変わる。そう考えている経営者もいるのではないでしょうか。会社に裁量を残しておきたいという思いもあるだろうし、「給与は変動させにくいので賞与は自由に決めたい」という思いもあるかもしれない。

中には、賞与を寸志や大入り袋のようなものとして位置づけている事業主もいるのではないでしょうか。あえてフォーマルな賞与という仕組みではなく、臨時で柔軟に支給できるものにしておきたいので寸志や大入り袋という体裁にしているのか。それとも、想像のし過ぎかもしれませんが、社会保険料の算定から除外してやろうという動機があるのか。

寸志や大入り袋を賞与として使えないわけではないけれども、わざわざグレーな位置づけにする動機は何なのか。支給条件と計算方法を決めたとしても、キチンと会社側で賞与をコントロールできるのですから、あえてウヤムヤな賞与にしておくこともないと思います。

もし、定期的に寸志や大入り袋を渡しているならば、それは賞与として判断する可能性もあるでしょうね。法律の実務でよく使われる「実質的に」とか「実態的に」という判断です。金額が一定していて、渡す時期も毎年似たような時期だとすると、それは実質的に賞与であると判定することは可能なのではないか。

正式に賞与という体裁を取っていないならば、「賞与あり」と募集広告に書くのは控えた方が良いでしょうね。臨時でピッと渡す程度のものならば、賞与と表現しない方が無難です。雇用契約書にも、賞与の項目を設けて、あり、なしを選択する体裁にして、賞与を支給するならば、あるを◯で囲むようにする。

曖昧さが賞与の特徴と言えないこともないのですが、その曖昧さが想定外のことを引き起こす可能性を持っているのですから、「賞与あり」と人材募集の情報に掲載するかどうかは考えて決めたいですね。


山口正博 社会保険労務士事務所
大阪府大東市灰塚6-3-24
E-mail : mail@ymsro.com

© 社会保険労務士 山口正博事務所