book547(内定はただの約束か、それともキチンとした契約か。)






■約束 vs 契約。



内定の性質なり位置づけについては、昔から法的に物議を醸すポイントです。

最近だと、大学生の内定取り消しが話題になりました。内定を取り消した企業がお詫び料のような名目で金銭補償するケースもあって、普通の人材採用と新卒採用の違いが分かる出来事ですね。

例えば、人材採用の広告やウェブサイトに掲載されている募集内容に応じて、その企業に応募し採用された後、何らかの理由でその採用が取り消されたとしても金銭補償にはならないのではないでしょうか。パートタイムでの採用だとか、学生のアルバイト採用とか、中途採用の場面だと、採用を取り消したとしても新卒のようなトラブルにはならないはずです。もちろん、全くトラブルにならないわけではなく、何らかのゴタゴタはあるかもしれません。


なぜ、新卒採用の内定取り消しだけが大きく話題になるのか。

理由を考えてみると、新卒で採用される環境が他の環境とは違っていて、最も違う点は採用時期の早さです。通常だと、人を採用するときは、採用を決定してから3日から7日の後に実際に仕事を始めるはず。早い場合は、当日からとか翌日から勤務を開始することもある。つまり、採用を決めてから実際に仕事を始めるまで、さほど時間は空いていないのですね。しかし、新卒の場合は、実際に仕事を始める数カ月前に採用されることはよくあることですし、人によっては1年前に採用される可能性もある。

私の知っている範囲だと、大学生で3年生の2月頃に内定を得て、その時点で就活を終えてしまった人がいました。3年生の2月ですから、4年生の3月の卒業まで丸1年以上の期間がありますよね。こんなことが新卒採用では起こるわけです。異常ですよね。当たり前とか普通などと言える状況ではないことは確かです。ただ、慣れてしまっていると、ごく当然のことのように思えてしまうかもしれません。

採用の時期と実際の勤務を開始する時期が離れていると、内定を得た時点で就活をヤメてしまった人は無防備になります。つまり、就活をヤメてしまったのに内定を取り消されてしまうと、学生はとても困るはずですよね。もう大丈夫と思っていたときに、梯子をパッと取りのけられてしまうようなものです。


それゆえ、判例では内定は契約であると位置づけて、そう簡単に取り下げられないようにしています。

確かに、内定を保護する必要はあるのは分かるとしても、すべての内定を保護すべきかどうかは疑問が残る。内定といっても、企業ごとに位置づけが違っていて、ただの採用決定をお知らせするだけと考えているかもしれないし、一方で、確実に採用するつもりであって既存の社員と同じ扱いにしている可能性もある。

一口に内定といっても、それぞれで性質なり位置づけが変わる可能性があるのではないか、という点が今回の焦点です。






■「内定=契約」と確定してもいいの?



判例でも、現場でも、内定を出した時点で雇用契約は成立しているという判断でほぼ固まっています。つまり、内定は契約であると考えられているのですね。

ただ、一口に内定と言っても、企業ごとに性質や位置づけが変わるのではないかという疑問は残るのではないでしょうか。

「内定=契約」と考えた場合、企業と内定者とのつながりは相応に強いもののはず。一方、「内定=採用の予定もしくは予約」と考えた場合、企業と内定者のつながりは前者ほど強いものにはならないように思えます。つまり、前者と後者では「関係の強さ」が異なるわけです。


例えば、内定が確定したあと実際に仕事を始めるまでに何らかの研修(ビジネスマナー研修など)に参加する必要があり、さらにその研修に参加しない場合は内定を取り消すという条件を設定している企業だと、「内定は契約である」という立場をとっていると考えていいでしょう。

他にも、既存社員が内定者を引き止めるイベントを実施している場合も、「内定は契約である」という立場だと考えられる。例えば、高級焼肉店に内定者を連れて行って、会社の雰囲気とか、ウチに来ればこんな焼肉屋で食事できるよと話してみたり、飲食を介して社員と内定者の関係を深めるのもアリですね。このように囲い込み作業をしたら、内定は契約の性質を強く帯び始めるはず。

内定者に手紙を定期的に送るとか、自宅に社員が訪問して顔を合わせるというのもいい。


とはいえ、上記のような企業ばかりではなく、実際に仕事を始めるまで(卒業後の4月)は何もしない企業もあるはず。研修はないし、飲食店に連れて行かれることもない。旅行に連れて行かれることもなければ、手紙が自宅の郵便ボックスに入っているわけでもない。そんな内定者もいるでしょう。あまりに何も連絡がないので、ちょっと不安になって、「もしかして忘れられているんじゃないか、、、」、「会社なくなっちゃったんじゃないか、、、」などと思ったりするかもしれない。

内定を出した後、何もしないならば、内定を契約と考えることに違和感がある。もし何らかの義務が伴うならば、内定を契約として扱うように傾く。一方、内定者に対してなんらのイベントも設けず、食事や手紙のような接触もないならば、内定は単なる予約として考えるのが素直です。研修はしない、他の会社に行ってもいい、引き止めもしないとなると、内定に法的効力をもたせるべきかどうか物議をかもすところ。


とはいえ、「内定は採用の予約に過ぎないから取り消せる」と考えてしまうと、不都合な点があります。契約ならば取り消せないが、予約と考えれば取り消しや撤回が可能であるように思えます。

もし、内定を取り消してしまうと、いわゆる「学生の期待権」のようなものを侵害する。すでに就活を終えてしまっている人の内定を取り消したら困るはずです。もし、大学3年の5月に内定を得た人が、卒業間近の2月に内定を取り消されたらどうなるか。5月の段階で就職活動を終えてしまっていたら、無防備な状態で内定を失うわけです。これはまさに薮から棒です。内定から仕事までの期間が離れれば離れるほど、学生にとって危険度が増していくのですね。だから、内定は採用の予約だからという理由で取り消されると困るのです。

内定から実際に仕事を始めるまでの期間をなるべく短くすれば、企業も応募者も身動きがしやすいはずです。しかし、企業はなるべく早めに学生を囲い込みたいと考えて活動するし、その企業の動きに準じて学生も動くので、どうしても内定から仕事を始めるまでの期間が空いてしまう。

内定の時期を後ろにずらして対処したとしても、インターンシップやパートタイムでの先行採用でもって、他の企業よりも先に動こうとする。

場合によっては、制約を回避するために、意図して「内定」という文言を使わない可能性もある。内定通知書ではなく、「採用通知書」という書面に変えることで、内定に対する制約を回避しようという考えです。しかし、法律に精通した人ならば、「採用という文言を使っていたとしても、実質的に内定として解釈できる」という理屈を展開するでしょうね。内定通知であろうと採用通知であろうと、中身で判断するものですからね。


企業ごとに内定の質が異なると考えたとしても、早く内定を出している点を変えない限り、内定に関するトラブルは続くのかもしれない。

山口正博 社会保険労務士事務所
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