book543(不利益変更という主張の濫用)




■不利益かどうかの判断基準は何?



雇用契約を更新するときに内容を変えたり、就業規則を改定するときに以前のルールを変更するとなると、いわゆる「不利益変更かどうか」が問題となりますよね。

「労働者にとって不利益な変更はできない」という点はよく知られている話(?)かと思いますが、この場合の不利益という判断はどのようにしてなされるのでしょうか。また、不利益な変更がなされたとして、いかなる変更でも許されないのかどうか。

後者の場合は、過去の判例でもそれなりの基準があって、不利益の程度、内容、変更の相当性や必要性、労働者の合意などで判断するところですが、@その変更が不利益なのかどうか」を判断する基準はありません。判例では、不利益な変更が発生したという前提で基準を示していますが、変更そのものが不利益かどうかを判断する基準についてはさほど詳しく検証しているようには思えません。


もし、「現在の時点から少しでも労働条件が低下する可能性があれば、それは不利益な変更」としているならば、人によっては過度に厳格なのではないかと思えるかもしれない。


給与体系の変更や賞与の支給条件や計算方法の変更、退職金の支給条件や計算の方法、勤務日数の変更、休日数の変更など。これらの変更が右から左へ不利益な変更と判断されるならば、労使双方にとって好ましくない結果を招くのではないでしょうか。








■人の感じ方で判断が変わる。



基本給をベースアップする、手当を増額する、休日を増加させる労働条件の変更ならば、もちろん不利益変更にはならない。しかし、例えば定額の課長手当を変動の歩合手当に変えたら、これは不利益変更かどうか。変動手当に変われば、今までよりも支給額が多くなる人もいるし、一方で、今までよりも支給額が少なくなる人もいるはず。ならば、これは不利益な変更なのかどうか。人によっては、今までよりも良い結果をもたらす可能性がある変更だが、これでも不利益な変更なのか。

おそらく、上記の場合は、「これは不利益な変更だ」と考える人と、「いや、不利益とは言い切れないだろう」と考える人に分かれるのではないでしょうか。私は、後者の人のほうが妥当であるように思えます。確実に全員が不利益となる変更でないかぎり不利益と言うべきではないのではと思います。

成果制度を導入することが給与規定の不利益変更と判断する人もいるかもしれないけれども、すべての労働者にとって不利益になるわけではない。今までは、全員が100の報酬を受け取っていたけれども、制度が変わることで、100だった人が117になったり129になったりするはず。もちろん、100から94になる人もいれば82になる人もいるかもしれない。もし、誰一人として報酬が下がることのないように給与規定を変更せよと言われれば、経営者はおそらく社員の報酬をなるべく上げないようにするのではないでしょうか。こうなると、「下げる余地が無いならば、上げる余地もない」と労働者と経営者の間で循環した議論が発生する。労働条件を下げないように働きかけることで、労働条件を上げるチャンスをフイにしているというわけです。

他にも、整理解雇の基準らしきルール(会社の判断で解雇できるという類の規定)を就業規則に盛り込んだから不利益な変更だという場合も上記と同じです。解雇をさせないようにすればするほど、新規の採用が減るはずです。「減らせないならば、増やさないよ」という先ほどの循環議論と同じです。

変形労働時間制度を導入したから不利益変更だとか、週5日勤務だったのが契約更新で週4日に変更したから不利益だとか。例は他にもあるかと思います。


もし、不利益変更という圧力がかかると経営者が予想すれば、なかなか労働条件は上がらなくなる。一度条件を引き上げてしまうと下げられないのだから、なるべく労働条件は上げないように判断するようになるはずです。会社に務めていて「何年も昇給していないなぁ、、」と感じている人は少なくないはず。ずーっと同じ基本給、ずーっと同じ時給で働いている。なぜこうなるかというと、基本給や時給を引き上げてしまうと、もう下げられないから経営者はそう簡単に昇給させないのです。「低めの労働条件で、長く雇用する」これが労務管理のコツの1つになってしまっているのでしょうね。


明らかに不利益と判断できる場合以外は、不利益変更の主張を控えた方が労働者にとっても使用者にとっても、良い結果をもたらすように私は思います。

山口正博 社会保険労務士事務所
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