book519(個人が企業と政府にお金を貸す)




■退職金と年金は義務に基づいた貯金。



退職金や企業年金、公的な年金は、「今払って、将来貰う」という価値観に基づいて被保険者(退職金の場合は従業員と言うべきか)は制度に参加している。

「今は給与が低いけれども、将来は退職金として受け取れるんだ」とか、「いまは保険料を支払っているけれども、将来は年金として受け取れるんだ」と考えるのは、当事者としては当たり前の感覚だろう。

だが、なぜ将来受け取ることを受け入れるのだろうか。将来の時点で受け取らずとも、今受け取ったほうがいいのではないか。もちろん、金銭の受取を遅らせると、利息や運用益によって受取額が増えるのは退職金や年金に限ったことではない。また、退職金や公的年金を利用するかどうかを個人が選択しにくいのも理由になる。退職金制度は企業が採用し、一律に運用する仕組みであるし、公的年金も一律に適用される制度です。

今の時点で受け取らずに将来の時点で受け取るということは、退職金ならば企業に退職の時点までお金を貸していると考えれるし、年金ならば受け取り時点(加齢、障害、死亡など)まで政府にお金を貸していると考えられる。

保険や金融資産によって資金をプールしている退職金ならば、企業に貸し付けているのではなく金融機関に貸し付けていると考えるといいかもしれない。ちなみに、中退共や建退共でも考え方は同じです。企業によっては、外部から用意されている資金管理方法を用いずに、内部で資金を用意しているところもあるはず。その場合は、従業員は企業にお金を貸していると考えるといい。


「退職金は給与の後払い」と解釈することもできるが、上記のように貸付金と解釈することもできる。会計では「退職給付債務」という言葉があるくらいですから、退職時に支給する一時金や企業年金はやはり従業員の会社への貸付金と考えるのが自然です。とはいえ、貸し付けている実態が給与明細や賞与明細からは分かりませんので、社員さんにとっては「会社が"自らの資金でもって"退職金や企業年金を用意してくれている」と思ってしまうかもしれませんね。


公的年金も退職金と同様であり、市民の政府への貸し付けと考えるのが自然です。人によっては、「年金は下の世代から上の世代への所得移転なのだから、貸し借りの関係と考えるのは自然ではないのでは?」と考えるかもしれない。確かに、年金は世代間扶養の仕組みですから、被保険者が政府に貸し付けていると考えるのは不自然とも思える。しかし、個々の加入者は、「自分が払って自分で受け取る」と考えるはずですから、政府に保険料や掛金という形でお金を貸していると考えるのがやはり妥当です。




■企業はNGで政府はOK。



ご存じの方も多いかと思いますが、労働基準法では強制貯蓄が禁止されています。18条1項では「使用者は、労働契約に附随して貯蓄の契約をさせ、又は貯蓄金を管理する契約をしてはならない」と書かれている。企業と社員の間での強制貯蓄はダメなのですね。

しかし、個人と政府の間での年金制度による強制貯蓄はOKです。法人となっている会社に入社すると、入社時点から厚生年金に加入するはずです。つまり、労働契約に付随して厚生年金に加入していると考えられる。厚生年金に加入するかどうかは会社単位で決まるものであって個人では決められないので、「強制」と言っても言い過ぎではない。この点は、公務員や私学職員の共済年金でも同じです。

すべてのお金を渡すと全部使ってしまうので、老後の備えを作れない。だから、政府が強制的に保険料や掛金を集めて、高齢者になった時に年金として支給してあげる。このように考えると、年金制度も悪くないと思える。

しかし、あえて強制しないと老後の備えは作れないのだろうか。制度を強制するのは、親切なのか、お節介なのか。法的には公的年金をパターナリズムに基づいた制度と考えるフシがあるけれども、加入する人へ選択の自由を用意せずに、年金の信頼を得るのは難しいかもしれない。


退職金も年金も、お金を受け取る時点を変えているだけの単純な貯金と考えるならば、朝三暮四ではないか。人間が猿扱いされていると感じるのは錯覚ではないと思う。


山口正博 社会保険労務士事務所
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