book514(退職と解雇の境界線)


■自主性の有無というセパレーター。



退職と解雇を分ける基準は自主性の有無にある。

本人が自らの判断で仕事を辞めれば、それは退職と扱われる。つまり、退職は自主性に基づいて実行されるものであって、他者から何らかの力を加えられて行うものではないのですね。一方、本人の判断や意思ではなく、本人以外の要素、会社が清算したり人員調整することで仕事を辞めると、それは解雇と扱われる。

上記のようにシンプルに考えると両者の区別は簡単であると思えるのだが、現実には両者を区別しにくいときもある。


本来は退職なのに解雇として扱うこともあるだろうし、解雇であるべきなのに退職として扱われたり。このようなことは実際に起こり得る。







■「退職っぽい解雇」と「解雇っぽい退職」。



問題になるパターンは2つです。

1つ目は、「解雇のような退職」です。本来ならば解雇として扱うべきところを退職として扱う場合です。何らかの理由で強要された退職もこの中に含まれるかと思います。ただ、「強要された退職≒解雇」と考えることができるかという点も別の論点として扱えるかもしれない。

2つ目は、「退職のような解雇」です。「退職でいいのに、なぜあえて解雇にするの?」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、この処理にはちょっとした理由があります。自主退職と会社都合の解雇では雇用保険の取り扱いに違いがあり、後者で処理したほうが離職者は有利な取り扱いをされます。それゆえ、本人と会社が通謀して、本来ならば退職とすべきところを解雇されたものとして手続き進めるわけです。当然ですが、離職理由を偽って雇用保険を利用するのはダメです。

上記の2つのように、退職と解雇を混ぜ合わせたような状況を生み出している理由は、自主性の有無で退職と解雇を分けている点にあります。この自主性というものは、外部の第三者が判断するのは困難な要素で、当事者しかキチンと判断できない要素なのです。

例えば、「おっ! この人は自主的に行動している」と評価するとき、本当に自主的な動機に基づいて行動しているかどうかは分かりにくいですよね。パッと見た感じでは自主的に動いているように見えるけれども、行動している本人は何らかの義務を感じて動いているのかもしれません。

自主性の有無を判断するのは簡単なことではなく、それゆえ、退職と解雇をキチンと区別するのも簡単とは言い切れないわけです。もちろん、退職と解雇が曖昧になる場面はそう頻繁に発生することはなく、ほとんどの場合は両者をキチンと分けることができるかと思います。


離職するときには離職票が作成され、その書面の中には離職者本人が記入するコメント欄のようなものがあり、解雇であるべきところを退職と扱われたときには、「自主退職ではなく解雇によって離職した」などのように異議を申し立てることができるようになっています。そのため、たとえ解雇を退職として扱われたとしても、そのまま手続きが進んでしまうわけではないので安心ではあります。


雇用契約の成立や雇用契約の終了は、要式行為ではないため、どうしても手続きが曖昧になりがちです。契約書無しで採用したり、口頭で「今週いっぱいで終わりということで」と伝えたり。商取引での契約と比べて雇用契約はルーズになりやすいのですね。


山口正博 社会保険労務士事務所
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